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福岡地方裁判所 昭和31年(ヨ)248号 判決

申請人 五郎丸常盤

被申請人 三井化学工業株式会社

主文

本件仮処分申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判。

申請人代理人は、「被申請人が申請人に対してなした昭和三十一年六月二十九日附解雇の意思表示の効力を停止する。」との判決を求め、

被申請人代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二、申請人の理由。

申請人代理人は申請の理由として次の通り述べた。

一、被申請人三井化学工業株式会社(以下単に会社という)は東京都に本店を置き、大牟田市その他の都市に工場、事業所、営業所等を有してコークス及びその副産物、染料、医薬品、工業薬品、その他化学工業品の製造、販売を業とする株式会社であるが、申請人は大牟田市所在の同会社三池染料工業所(以下単に工業所という)の従業員であり、石工業所従業員を以て組織する三池染料労働組合(以下単に組合という)の組合員であつて右組合の執行委員(組織部副部長)の職にあるものである。

二、ところで会社は昭和三十一年六月二十九日附で申請人に対し懲戒解雇の通告を行つたが、その理由とするところは申請人において、

(一)  昭和三十一年三月三日、工業所W工場のストライキに際しピケ隊員を卒先指揮して同工場に侵入の上、多衆の威力を背景に自ら同工場岩越係長に対し罵言雑言を浴びせ、暴行脅迫を加え保安作業の中止を強要し、

(二)  右の結果W工場及びO工場の停止を余儀なくさせ、ためにO工場電解槽が破壊する事態が発生した。

右の(一)は就業規則第八十六条第十三号後段及び同条第十号後段に、同(二)は同条第十四号に該当するほか、

(三)  同年二月二十三日会社の申入れを無視して会社事務所内のデモ行進を強行し、

(四)  昭和三十年十一月十二日のデモの際人事課長に暴行を働き、

(五)  昭和三十一年五月十七日ニユースカーを以て工場構内を通行放送し、社外人を同乗せしめて工場構内に無断侵入させた。

等の反則行為がある。よつて就業規則第八十六条主文により懲戒解雇に処する、というのである。

三、しかしながら会社が申請人の懲戒解雇事由として掲げる右(一)ないし(五)の事実は次に述べる如くすべて理由がないものである。即ち、

(一)の事実については、

昭和三十一年三月三日当時は組合、会社間の賃上げ闘争期間中であり、組合は当日十八時より翌々五日十五時まで工業所W工場及びA工場につき四十五時間の部分ストライキを実施したのであるが、その際執行委員会の決定に基き書記長安部靖、代議員会議長榎下常雄等の指揮の下にストライキを円滑に遂行するため組合員四十名余りがW工場に赴き、申請人もこれに随つた。而してW工場において右安部書記長等が同工場の管理に当る木谷有機第一課長と同工場の運転停止について申入れ話合つたところ、同課長は二十時に運転を停止すると答え、同課長の指示によりその後同日二十一時頃同工場の作業は平穏に停止された。その間申請人は同工場岩越係長が同工場内を巡回するのにつき同行したことはあるが、ピケ隊員を卒先指揮して同工場に侵入したことはないし、多衆の威力を背景に岩越係長に対し罵言雑言を浴びせたり、暴行脅迫を加えたりして保安作業の中止を強要したことはない。

(二)の事実については、

会社はW工場の作業停止によりO工場が停止しその電解槽が破壊したというが、同日O工場が停止した事実はない。ただ同工場電解槽十二列の中第一列(各列共八十六台)中の二台につき隔膜が破れたことはあるが、そのことは組合の前記ストライキと直接の関連を持つものではないし、もとより申請人には全く無関係のことである。而して右隔膜の損傷は日常も起ることであり、かつ隔膜は一台分約三千円程度の消耗品である。

(三)の事実については、

昭和三十一年二月二十三日当時も前記賃上げ闘争期間中であり、組合が会社に対し再回答を要求している時期であつた。同日組合は昼の休憩時間を利用して抗議デモを行うこととしたが、会社事務所関係の組合員は事務所屋上に集結して簡単な経過報告を行つた後事務所前広場に赴くという執行委員会の決定に基き、申請人は同日事務所関係の組合員を引卒して右決定通りの行動をとつたまでであり、その際殊更に喧騒にわたらせたということはない。本件はこの様に闘争中の休憩時間に行われたものであつて正当な組合活動であり、申請人は組合の指示に基きこれに従事したまでのことである。

(四)の事実については、

昭和三十年十一月十二日当時も組合、会社間の期末手当闘争期間中であり、組合が会社に対しスト通告を行つた日であるが、組合は同日昼の休憩時間を利用してデモを実施した後会社事務所前広場で組合員に対しピケッティングの指導を行つていた。するとその際何者かが工場外よりその状況をひそかに撮影してるのを発見したので、同所に居合せた申請人と組合員塚本三知夫がこの者を右広場まで連行し、ピケ指導に当つていた執行委員永田幸次、同土山培等がそのスパイ的行為について事情を聴取していたところ、会社人事課長稲井茂昌が突然右話合いに介入して来たため、永田執行委員の声に応じ附近にいた組合員多数が同人事課長の周辺に集つたが間もなく解散したものであつて、申請人はその場に居合せたけれどもその際右課長に暴行を加えたという様なことは全くない。

(五)の事実については、

昭和三十一年五月十七日当時も組合は期末手当闘争期間中であり、同日組合は昼の休憩時間を利用して抗議デモを行うことになつていたので、申請人は組合の指示により組合員に参加を求めるため組合のニユースカーに乗車し工場内の主要道路を巡行し組合員に呼びかけを行つた。その際たまたま組合員に激励のメッセージを送るため工場内組合事務所に来訪していた大牟田地区労働組合評議会事務局次長中山孝顕が同乗していたものであるが、右中山が同乗していることは全く申請人の予知しなかつたことである。本件も闘争中休憩時間内のことであり正当な組合活動であることは明かである。

四、以上の通りであるから会社が申請人の懲戒解雇事由としてあげる各事実は何れも申請人の責に帰すべからざる事項であるか、又は正当な組合活動にすぎないのであつて、かかる事実は会社の挙示する就業規則第八十六条各号の何れにも該当しないにも拘らず、これを不当に適用して申請人を懲戒解雇に処したことは就業規則の適用を誤つた違法な解雇であると共に、懲戒解雇権の濫用としても無効である。

更に会社が申請人を特に選んで懲戒解雇に処したのは、申請人の活発な組合活動を厭うがための差別待遇であり、労組法第七条第一号に違反する不当労働行為としても無効である。

五、よつて申請人は被申請人会社に対し雇傭関係存在確認の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本人は会社の従業員であることを唯一の生活の根拠とする勤労者の身であり、且つ組合役員として重要な組合活動に従事している者であるが、本案判決の確定を待つてはその間生活の前途に深刻な脅威を受け、組合活動にも重大な支障を蒙るので、その損害を避けるため取敢ず本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を求める次第である。

第三、被申請人の答弁及び主張。

被申請人代理人は右申請の理由に対する答弁、及び主張として次の通り述べた。

申請人主張事実の中、一の事実は申請人が現に会社の従業員であることは否認するがその余は認め、二の事実はすべて認める。三以下の事実については次に述べる通りである。

一、申請人に就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実がないとの主張について。

右主張は全面的にこれを争う。申請人に対する懲戒解雇事由該当の事実の詳細は次に述べる通りであつて、申請人の主張事実中これと合致する部分は認めるがその余の事実はすべて否認する。

(一)  解雇理由(一)、(二)について。(昭和三十一年三月三日W工場岩越係長に対する暴行事件とその結果によるW工場及びO工場の作業停止並びに之に伴うO工場電解槽の破壊。)

当日は組合の賃上げ闘争期間中であり、組合が同日十八時より翌々五日十五時まで工業所W工場及びA工場につき四十五時間の部分ストライキを実施したことは認める。

申請人は右W工場のストに際しストライキを円滑に遂行するため申請人等組合員が同工場に赴いたというが、その行動たるやストライキを円滑に遂行するどころか喧騒、混乱を極め殊に申請人は単にこれに随行したのではなく右組合員等を卒先指揮していたものであり、W工場が運転停止したのは申請人のいう如く平穏、当然の措置では毛頭なく、右組合員等の喧騒、混乱を背景とした申請人の常軌を逸する言動に鑑み作業員に対する危害、或はガス爆発その他重大な事故の発生を恐れてやむなく停止せざるを得なかつたものである。而してW工場の運転停止に伴いこれと直結しているO工場電解槽の一部も又運転停止を余儀なくされたので、同工場第一列八十二台の電解槽全部が使用不能となり取替を要するという損害を蒙つたのであるが、右一連の事件における申請人の行状の違法、不当性を述べるについては、それに先立ち工業所における右W工場の特異性及びこれと直結するO工場の特異性、並びに右両工場の特異な関連性について説明の要があるので先づ右の事情について概説した上、申請人の解雇事由に該当する具体的事実に及ぶこととする。

(1) 工業所におけるW工場、O工場の各特異性並びに右両工場の特殊関連性について。

抑々会社の三池染料工業所はそれ自体コークス及びその副産物、染料、工業薬品、医薬品、その他化学工業品等二百種を超える製品を製造する化学工場で、極めて複雑多岐な工程より成る綜合化学工場として、複雑膨大な機械装置の体系的設備を擁し、多数の危険物を取扱い、更に熟練した技術を要する危険作業が多く、従つて高度の作業管理を必要とする等、既に多くの特色を有しているのであるが、

そのW工場(メチレンクロライド工場)は食塩電解工場たるO工場で発生した塩素をパイプで受入れ、この塩素を消費してメチレンクロライドを製造する工場であつて、その消費する塩素の量はO工場で発生する一日約三十二トン(本件当時)の塩素の中約六トンにも達する塩素の大口消費工場であるところ、

(a) 右塩素を供給するO工場自体は次の如き特異性を有している。即ち、

(イ) 電解槽の構造及び機能上から来る特異性として、

O工場は工業塩を電気分解するのに隔膜式食塩電解装置(以下単に電解槽という)を使用しているが、その構造と機能は、電解槽に食塩水をみたしこれに陰、陽の電極を入れ電流を通じて食塩を電解すれば、陽極に塩素ガス、陰極に水素ガス及び苛性ソーダを夫々発生するが、この場合発生した塩素ガスと水素ガスとが混合すると直ちに爆発して各種の被害を惹起するので、両ガスを隔離して爆発を防止するため厚さ約一粍のアスベスト紙を金網で支持して隔膜としているものである。故にこの隔膜は電解槽の安全装置ともいうべきものであるが、その性質上次の如く極めて損傷を受けやすい。

第一は槽内食塩水の液面が下つて隔膜が露出する場合である。これは右隔膜が直立する内径七十糎、高さ一米の円筒形金網の内側に貼つてあり、槽内の食塩水の水圧によつて金網に押しつけられている仕組であるので、食塩水液面が下つてアスベストの隔膜が露出すればその部分にかかる水圧がなくなるから、該部分のアスベストはぞろりと金網から剥離脱落する。これは多く電流負荷を急に減少させたときそれにより食塩水流出量が増加し、食塩水補給量がこれと不均衡になつたとき起るものである。

第二は電解槽を数時間にわたつて運転を中止する場合である。前記アスベスト隔膜は電解が順調に行われている時は常に濃度一〇%の苛性ソーダ液で潤されているから、化学的にアルカリ性の中でのみ強度がある様に作られている。そこでもし数時間にわたり電解槽の運転が停止されて新しい苛性ソーダの生成がなくなると、既にアスベスト内にしみ込んでいる苛性ソーダは次第に食塩水で洗い流されて遂にアルカリ性はなくなり、アスベスト紙は強度を保ち得なくなつて無数の小孔を生じ、食塩水の浸透流出量が増加し食塩水の流出は更にアスベスト紙を洗い流す結果、隔膜は崩れ落ちるに至るのである。

第三は電解槽に数時間にわたり制限以下の電流を通ずる場合である。電解槽の運転を中止しない場合でも新しく生成する苛性ソーダ量はその時々に通ずる電流に正比例するから、定量以下の電流を通ずると新しく生成する苛性ソーダは稀薄となつて来て、第二の場合と同様アスベストは次第に強度を減じ遂には崩れ落ちるに至るのである。

かように隔膜が損傷するのに電解槽を動かせば直ちに前記爆発等の危険を生ずるのみならず、該電解槽はその構造上右隔膜だけを点検又は取替えようとしても電解槽を全部解体しなければできない様になつている。しかも電解槽を解体する場合には単に隔膜の取替だけではすまず、構造上他の部分までも取替えざるを得ない様になるので相当の資材が無駄になり損失を増加する。それ故右電解槽の運転については極力隔膜の損傷を来さぬ様にすべく作業上の特殊性が生ずるわけであつて、現今前記隔膜の損傷原因に対応し、一、に電解槽内安全液面の維持及び電流定負荷の維持、二、に電解槽の二十四時間連続運転、三、に最低制限以上の電流負荷の維持、の三原則を厳守することによりO工場の操業安全を期しているのであるが、そのため電流を連続的且つ定負荷で通すので、必然的に電解生成物たる塩素、水素、苛性ソーダも連続的且つ定量的に昼夜を別たず生産されている状態である。しかるに、

(ロ) 右電解生成物たる塩素の性質から来る特異性として、右塩素は有毒かつ腐蝕性の強いガスであり、又空気より重い性質を有するため、電解槽から漏洩することは絶対防止しなければならず、空中に放出することも絶対に許されず、又腐蝕性の強いためそのままでは大量貯蔵することも困難である。

従つてO工場で発生した塩素は全量直ちに各塩素消費工場に送り、安全な形に処理されなければならないことになり、かくて塩素消費工場も又O工場の運転が継続される限りは連続作業を行うことが必要となるのである。以上の理由から

(b) W工場とO工場との特殊関連性

が生じて来るのである。即ち塩素の発生と消費とは完全に均衡を保たなければならないことと、W工場は工業所でも有数の塩素の大口消費工場であることから、

(イ) W工場が単独に作業を停止することは絶対に許されない。

もしW工場がその塩素を処理してメチレンクロライドとする作業を勝手に停止するとすれば、その消費されざる塩素停滞のためO工場電解槽内及び送気管内の塩素ガス圧力は急激に上昇し、電解槽爆発の危険は勿論、電解槽及び送気管から塩素ガスが漏洩し、O工場及びその附近一帯に広範囲にわたつて人命に危害を及ぼす事態が発生する。従つてかようなことは工場担当者及び従業者の常識として絶対に許されないところである。

(ロ) 更にO工場と十分な連絡をとつた上でW工場を停止しようとする場合でも、次の如く極めて困難な事態が発生し必ずしも早急且つ安全に停止できるものではない。即ちW工場が停止する場合には、O工場としてはそれまでW工場で処理していた塩素の量を完全に他の塩素消費工場に振替え送気して消費させるが、それができない場合は電解槽を一部運転停止するか或は減電することによりそれだけの塩素の発生を減らすよりほかはないのであるが、前者の振替送気の方法は当時他の塩素消費工場がそれだけの塩素処理に必要な設備能力があり、且つ他の原料、作業要員、加熱源、製品貯蔵能力等の諸条件を具備していて始めて可能なことであつて、もし塩素の一部でも振替消費が不可能な場合にW工場の停止を強行しようとするならば、塩素の発生と消費の均衡は破れ右(イ)に述べた如き由々しき事態を招くことになる。次に後者の塩素発生量を減少させる方法は結局電解槽を一部運転停止するか、或は制限以下の電流を通ずることを余儀なくされ、それは前記電解槽の特異性の項において述べた如く必然的に電解槽隔膜の損傷を来すのみならず、ひいては電解槽爆発の危険すら招来するものであつて、これ又容易に実施できるものではないからである。

(c) 次にW工場自体も次の如き作業上の特異性を有している。第一は連続フル作業の必要があることである。W工場では常に多量のメチルクロライドを絶えず圧縮機によつて循環させながらこれにO工場からの塩素が混合されて反応を起しメチレンクロライドが生成される仕組になつているが、この圧縮機の能力はほぼ一定であり、又メチレンクロライド反応機も設計能力以下で運転することができないので、この点からも連続フル作業を行う必要がある。

第二は高度の作業管理の必要性があることである。作業が多量の塩素、塩酸ガス等有毒、引火爆発性のガスを高温高圧で処理する工場であるため、高圧ガス取締法によつて厳重に規制されており、前記メチルクロライドと塩素の反応は多量の熱量(正常な運転状態で反応器は五〇〇度C以上となる)を発生するもので、両者の混合割合を正確に規正することによつて始めて危険なく作業を行い得るのであり、もし混合割合を誤るときは或は全装置の破壊を招来する程の大事に至る、まことに危険な工程であつて極めて高度の作業管理を必要とするものである。

第三は計器室による集中的作業管理を行つていることである。安全作業を行うためにはO工場からの塩素の量、循環するメチルクロライドの量、循環系統の各機器の圧力、メチレンクロライド反応器、混合槽、メチルクロライド反応塔の温度等は常に所要の一定値に保持する必要があるので、特にW工場に人間の頭脳に相当する計器室を作り、全作業の監視と制御を集中的に多数の自動計器によつて行わしめ、以て右の危険な作業を事故なく処理しているのであつて、計器室に設置してある各種計器は数十に達し、温度、圧力、液面の指示、記録はもちろんその調節もすべて計器に頼つている状態であり、右計器室はW工場の中枢的な重要な場所となつているのである。右の如き事情を前提として次に申請人の解雇理由(一)、(二)該当の具体的行為を述べる。

(2) 解雇理由(一)に該当の事実は次の通りである。

昭和三十一年三月三日組合は退職金増額及び賃上げ等の要求に関し前記W工場及びA工場を同日十八時より四十五時間の部分ストに突入させたのであるが、会社としては前述の如きW工場とO工場の特殊関係に鑑み、予め組合に申入れて行つた保安要員協定の交渉に際し、スト中もW工場は塩素の消費を停めることができない、少くとも塩素を直接消費する粗製メチレンクロライド製造作業は絶対に継続することが必要であるから、それに必要な最少限度の要員(会社案四名)を保安要員として差出されたい旨を力説した。しかるに組合は右に先立ち同日十四時から十七時まで行われた全工場時限ストに関してはW工場の分も含め保安要員協定に応じたが、ついでA工場、W工場に対して行つた第二波の右四十五時間ストライキ(組合の通告は右のほか九工場を含め計十一支部についてなされていたが、スト直前に右A、W両工場のみを残して他はスト指令が解除された)については、再三にわたる会社側の申入れにも拘らず引延しを重ね遂に協定締結に応じなかつたので、会社は万一組合の通告通りW工場がストに突入し、最悪の場合保安要員の引揚げが強行される場合でも、非組合員たる従業者のみで右粗製メチレンクロライド製造作業を操業継続する態勢をとりその準備を整えていたのである。

しかるに同日十七時五十分頃となるや組合はニユースカーをW工場横に乗りつけ、拡声機を通して「W工場スト突入」のアジを飛ばし同工場入口に赤旗を押立てたが、十八時頃申請人ほか二十名余の組合員が同工場事務室にどやどやと侵入し、同工場岩越係長に対し「只今からW工場はストに入る。保安要員は二名、直ちに運転を停められたい」旨申入れた後事務室を去り計器室の方へ向つた。そこで岩越係長が計器室に巡視に行つてみると、他の組合ピケ隊員も合流して計器室には申請人等ピケ隊員約四、五十名がつめかけており、雨傘をさげて歩き廻る等騒然とし計器室は彼等のために占拠されたかの如き観があつた。かかる状況の中に岩越係長は巡視の重大性を考え十八時十分頃計器室内を巡視して個々の計器の状況を調べてほぼ中央に来たところ申請人は七、八名の組合員を率いて同係長に近づき「早く作業を停めろ、愚図々々するな」とどなり、同係長が「この工場は連続作業だから急には停められない」と答えると申請人は「六時からストに入ると通告してあつたのだから停められぬ筈はない」とつめ寄つて来た。同室には前述の通り四、五十名の組合員がひしめき合つているし、異常の空気がただよつていたし係長の言葉を聞こうともしないので、同係長はそれ以上の問答をさけて操作盤の所へ行き流量を確認していると、申請人は他の七、八名の先頭に立つて再び同係長の前路を扼して「何をしているか、早く停めろ」と強要し、同係長が「この工場は作業が完全に連続しているから今直ぐといつても停められるものではない」と説明しても一向に聞入れず、「六時からストに入ることは知つとつたろうが、それを今になつて見始めるとは何事だ」とどなり、同係長が「作業条件が変るからその時々で適切な処置が必要である、又連続作業だから区切つて停めるわけに行かない」と答えると、「われわれを愚弄するのか、こんなにわからぬなら向うへ連れて行こう」「つるし上げにするぞ」等の罵声が叫ばれ、更に「このバルブを停めればいいんだろう、これを停めろ」とまさに手を触れんばかりにして作業停止を強要する所作に出た。しかし岩越係長は申請人に脅迫されつつも職務の重大性を思い尚巡視を続け同工場メチルクロライド貯槽室に赴いたところ、この間申請人を先頭とする五、六名は絶えず同係長につきまとい殊に申請人は同係長の体に触れんばかりに横に寄り添い「早くせんか」と何回も督促したが、同係長がメチルクロライド貯槽の液面を見、ついで圧力を見ると圧力計の故障かと思われる所があつたので、高さ約六十糎の貯槽基礎の上に両足をかけて弁を開閉し圧力計を点検している時、「大抵にせんか、引きずり降ろすぞ」といつてその右足を引張つたので「引張るのはやめろ、危いぢやないか」といつても放さず、益々力を入れて引張るので同係長は今にも踏み外して落ちそうな危機に陥入つた。そこで同係長はやむなく「降りるから放せ」といつて向きを変えて降り始めたので申請人はやつと手を放したが、そこから同係長が計器室へ引返す途中も申請人等は尚も執拗につきまとつて離れず、「何を愚図々々するか芝居はやめろ」「急がんか」等と口汚なくどなり、申請人は同係長の腰部に手をかけてどんどん前方へ押しやるので「押さんでもいいぢやないか」というと「押しちやおらん」といいながら係長が前にのめる程押し続け十米程押してやつとメタノール計量槽の所で手を放した。そこで同係長が「これはメタノールが入つていて危いんだ」といつても申請人は「そんなことはどうでもいい」と会社の従業員として全く考えられない様な無茶な言葉を放言しながら離れず、同係長が反応機室から計器室への階段を上りそこで木谷有機第一課長の来ているのを見かけた時まで、執拗につきまとつた。申請人は右木谷課長を見かけるや今度は同課長の後を追つたので、ここに漸く岩越係長は解放されたのである。

右申請人の行為は上長たる岩越係長に対し暴行脅迫を加えその正当な業務を妨害したものであり、工業所就業規則第八十六条第十三号後段、及び同条第十号後段に該当するものである。

(3) 解雇理由(二)に該当する事実は次の通りである。

右事件当時W工場の責任者は有機第一課長木谷和夫であつたか、同課長は当日十八時十五分頃W工場堤係員からピケ隊員等が四、五十名W工場に侵入して来て手がつけられたいとの連絡を受けたので、急拠W工場にかけつけたところ計器室には申請人が先頭となつて約三、四十名の組合員が侵入しており、同室に入つた同課長をとりまいて「六時からストに入つたのだから停めて下さい、どうして停めないのですか」と食つてかかるので、同課長は「責任者は誰かこんなに騒がれてはどんなことが起るかわからない、ここから出てくれ。」といつたが責任者と名乗る者は誰もなく只混乱するばかりであつた。同課長は尚も「この工場は塩素工場と直結しているから勝手に停められない、騒がないでほしい」と繰返したが一向に聞入れず、中でも申請人は寒いのに白シャツ姿で腕をまくり上げ、今にも殴りかからんばかりの勢で同課長に運転停止方を強要し、「スト指令は事前に出してある。停められぬ筈はない。」というので「それは塩素工場との問題だから塩素工場が停めてもよいといわなければ駄目だ。」と答えても聞入れず、同課長をとり囲んで腕をつき出す者もあり騒然となつた。そこへ丁度高橋人事課長代理が騒ぎをきいて計器室へかけつけたが申請人等は今度は同課長代理をとりまいて食つてかかるので、木谷課長はここで問答すると作業員が作業を誤るおそれがあるから別室でやつて貰いたいと申入れ、高橋課長代理は申請人等を別室に連れて行つた。その頃木谷課長は岩越係長が計器の前にいるのに気づき、同係長に粗製メチレンクロライド貯槽の調査を命じ同係長は調査の結果良好であると報告したが、その際同係長から巡回の際申請人から受けた前記執拗な業務妨害、暴行脅迫の事実を告げられたので、事務室、計器室等の状況とを綜合判断してこれらの状況下で操業を継続することは不測の危険の発生するおそれが濃厚であると痛感せざるを得なくなつた。そこへしばらくして申請人以下の者が再び計器室に戻つて来て重ねて作業停止を強要した。しかしW工場の作業を停止することは必然O工場の一部の運転停止を伴うことになり、そうなれば少くとも数十基の電解槽の破壊は絶対不可避であり、これが損害は最少限としても百数十万円にのぼるので、同課長は「操業停止のことは塩素工場の問題だから塩素工場に行つて交渉したらよかろう」と答えると再び混乱状態となつた。申請人等は「停めないなら強行手段をとる」と叫んで操作盤に向つて走り寄つたので、同課長は大声を以てこれを制止したが、この間操業に従事していた保安要員及び非組合員の係員は申請人等ピケ隊に取囲まれており、計器盤の所にもピケ隊が徘徊し、中心部の操作バルブの所にも人だかりがしている状況であつたので、木谷課長はこの状勢では会社側がいかに頑張つても到底支えきれないと感じ、やむなく破壊と危険の災害からW工場及びO工場を救うため自らO工場に出向く決心をした。そして計器室にいる申請人等にこのことを告げその間騒がぬ様に要望してO工場に赴き、O工場北島無機課長と相談の結果同課長もやむを得ずとして上司に報告し、遂に電解槽の一部停止をするほかないことになり、かくてW工場も第一セットA号は一九時五十五分、第二セットB号も二十一時十分夫々停止のやむなきに至つたのであるが、その間申請人はW工場を去らず絶えず木谷課長に対し停止方を強要し続けたのである。

この結果O工場の電解槽八十二基が破壊してしまつた。会社はその復旧について鋭意督励した結果、漸く四月二日に至つてO工場並びにW工場を始めとする各塩化物工場は正常運転に入つたが、この様にして会社がO工場電解槽の復旧に要した費用が百十一万円、その間の工場休止による損害が両工場につき夫々百三十四万円及び四百六十八万円合計七百十三万円の損害を蒙つたのである。

右の如く工場の設備を損壊させ、会社に多大の損害を与えた申請人の行為は就業規則第八十六条第十四号に該当するものである。

(二)  解雇理由(三)について。(昭和三十一年二月二十三日会社事務所内デモ事件)

会社は建造物内のデモ行進は厳重に禁止する旨、文書又は口頭にて従来屡々組合に通告していたにも拘らず、申請人はこれを無視して昭和三十一年二月二十三日昼の休憩時間中事務所前広場におけるデモの際、会社事務所屋上に集合した研究室及び事務所関係組合員約五十名を自ら隊伍の先頭に立つて指揮し、右屋上より反響の強い狭い一階までの屋内階段をかまびすしい吹笛と共に「ワッショイ、ワッショイ」と喚声をあげて行進せしめた。前記の如く建造物内のデモは禁止事項であるし、殊に事務所内はたとえ休憩時間中でも電話交換作業は平常通り継続しており、また所長室、九州営業所等があつて一般来客も出入りしており、研究室では研究は続けられているので、同日十二時二十分頃右デモの報告を受けた人事課大須賀調査係長は早速これを制止するため二、三階に通ずる階段の所まで赴き、そこでデモの先頭に立つていた申請人と出会つたので「事務所内のデモは禁止してあるからやめて下さい」と中止方を求めたところ、申請人は「何が悪いですか」とこれを無視するばかりか、更に一層声を大にして「ワッショイ、ワッショイ」と組合員を煽動し、右係長が尚も四、五回中止を求めたにも拘らず全く一顧も与えず、事務所一階玄関を通り事務所前広場まで右デモ行進を強行した。

申請人の右行為は就業規則第八十六条第十一号「上長の制止を聞かず個人でもしくは徒党を組み喧騒した者」及び同条第十二号「著しく工場の風紀秩序を紊した者」に該当するものである。

(三)  解雇理由(四)について。(昭和三十年十一月十二日稲井人事課長に対する暴行事件)

昭和三十年十一月十二日当時組合は期末手当要求に関し闘争中であつたが、当日正午過の休憩時間中会社事務所玄関附近から「ワッショイ、ワッショイ」という喧しい掛声が聞えて来たので、稲井人事課長が何事かと思い席を立つて声のする方へ行つてみると、組合員数十名が隊伍を組んで事務所建物内に侵入していた。そこで同課長は速かに退去する様命じたが聞入れず尚数分間行進を続けた後退去して行つたのであるがその直後同課長が事務所玄関から正門の方を見ると、三、四人の男が一人の男(後に調査の結果守衛の福山国雄とわかつた)を引きずる様にして無理に広場の方に拉致しようとしているのが目にとまつたので、これは只事ではないと思い突嗟に「何をするのか」と詰問しながらそれを追つて広場の方へ出た。するとそこへ直ちに申請人と執行委員の土山培が同課長の方に近寄つて来たかと思うと、「かかれ」という号令と太鼓の連打と共にそれまで広場の周辺に散開していた約百余名の組合員が一時に同課長目がけて殺到し来り、一瞬の間に同課長を十重二十重にとり囲み「ワッショイ、ワッショイ」の掛声と共にもみくちやに押して来た。同課長は余り突然のことに多衆の威力の前にどうなることかと懸念したが、押倒されては大変だと思い思わず群集の先頭に立つてすぐ自分の前にいた申請人の衣服をしつかりつかんだ。すると「組合事務所まで連れて行け」という声と共に、同課長は包囲さされたまま次第に右手の方組合事務所のある方向に押しまくられて行つたが、その間に申請人は同課長の左足を蹴つたのである。かくして約五分間程同課長はもみくちやにされていたが、約二十米も押された所で丁度休憩時間の終る頃でもあり、何者かが「散れ」と号令したので漸く包囲はとかれた。しかしながら包囲が解かれ群集が各職場に向けて退去しかけた後も申請人は尚執拗に同課長につきまとい、「組合事務所まで来い」といいながら同課長の腕をとつて引張つたが、同課長はその手を払いのけて漸く会社事務所に引揚げた次第である。

かくの如く白昼会社構内において会社の人事管理の直接責任者である稲井課長が百名以上の組合員によつて包囲され、もみくちやにされ押しまくられた不祥事件において申請人は絶えず同課長と向い合つて右暴行の中心となり、しかもその間同課長の足を蹴つたばかりか包囲がとけた後も尚食い下り組合事務所まで来いと強要するに至つては、つるし上げも甚だしいものというべくかかる暴行行為は企業秩序維持の観点からして絶対に許されないところである。

申請人の右行為は就業規則第八十六条第十二号「著しく工場の風紀秩序を紊した者」、及び同条第十三号後段「上長に対し暴行脅迫を加えた者」に該当するものである。

(四)  解雇理由(五)について。(昭和三十一年五月十七日ニユースカー事件)

申請人は昭和三十一年五月十七日ニユースカーを以て工場構内を通行放送し、社外人を同乗せしめて工場構内に無断侵入させた。右の行為は就業規則第八十六条第十二号、第二十号に該当するものであり、その具体的事実は次の通りである。

組合は昭和三十年秋ニユースカー(宣伝車)を購入して会社に対し工業所構内における使用方を申出て来たが、会社は次の理由によりその使用を禁止した。

即ち工業所構内は非常に道路が悪く、舗装した部分はほんの一部しかなくその上坂道も多く、急カーブの細い道も沢山ある上に、構内には原料製品等運搬のための専用鉄道が網の目の様に走つておりこの鉄道は二十四時間常時運転しているので、自動車等の高速車輛が走り廻ることは非常に危険が多く現にこの鉄道機関車と自動車との衝突事故が二回生じており又工業所の原料製品には危険物が非常に多くこれを満載したトラックが走り廻つているので、万一これと衝突する様なことがあると事故は一層大きくなること必定である。そこで工業所では構内における高速車輛の運行は厳しく制限しておりおよそ業務に関係のない車輛についてはすべて乗入れを厳禁しているのであつて、従業員の通勤用のオートバイ、スクーター等についても構内では一切乗車を許さないことにしている。組合のニユースカーと雖もこれが工業所本来の業務に関係のない以上、右禁止の例外たり得ないことはいうまでもない。

しかもニユースカーは大きなマイクを使つて高声に放送をしながら走り廻るわけであるが、工業所は化学工場の特色として工場の殆んど全部が二十四時間常時運転しており、しかもその作業内容は高度の作業管理を要するものが多い上、構内には高層建築物が林立していてこの間の通路は恰もビルの谷間の如き観を呈しており音響の反響は著しいものがあり、この作業管理上の妨害になるという点からしても右ニユースカーの構内使用は一層強い理由で禁止せざるを得なかつたのである。

次に工業所は外来者の立入りについてはこれ又厳重な規制を行つている。即ち工業所は化学工場であつて工場現場には危険な箇所も多く、又業務上の機密事項も多く存するので、外来者の工場内立入りは原則としてこれを禁止し、特に許可をする場合は必ず所長の決裁によることとし、ただ組合事務所は工業所構内にある関係上、組合来訪者には特に便宜を与え近くの北門守衛詰所で所定の手続を経た上許可を得て出入して貰うことにしている。しかし組合事務所への来訪者と雖も一度組合事務所以外の工業所構内に立入ろうとする場合は勿論人事課長を通じ右所長の許可を受けなければならないのである。

しかるに昭和三十一年五月十七日昼の休憩時間中、人事課長代理高橋聰は方々から組合のニユースカーが放送しながらしかも外部の人を乗せて構内を走り廻つているという報告を受けたので、席を立つて事務所東側出入口より工場の方を見渡すとタイムレコーダー室の傍に右ニユースカーが停車していた。そこで近寄つて見ると、二人の男が向い合つて乗つており一人は申請人で他の一人は部外者である大牟田地評事務局次長中山孝顕であることを確認した。ところが高橋が申請人に抗議しようとして更に近寄つたところ、これに気づいた申請人は運転手に指図したものか車は組合事務所の方向に走り去つてしまつたが、高橋は早速調査した結果、右両名を乗せたニユースカーが放送しながら構内を縦横に走り廻つた後丁度前記場所に停車していたところであること、及び外来者中山については、入門の際に組合事務所までという制限を受けて入門を許可されているのみで、同人が構内の他の場所へ立入ることを許可された事実はないことが判明した。而してその時右ニユースカーに乗つていた執行委員は申請人一人であり従つて中山を同乗させて無断で構内に立入らしめたのは申請人であつたと断ぜざるを得ないのである。申請人は中山の同乗していることは予知しなかつたというが、狭い車内のことであり嫌でも気づかずにいられる筈はない。

申請人の右行為は就業規則第八十六条第十二号「著しく工場の風紀秩序を紊した者」及び同条第二十号「その他前各号に準ずる程度の不都合の行為のあつた者」に該当するものである。

二、本件懲戒解雇は無効であるとの主張について。

右に述べた如く、申請人の解雇理由(一)ないし(五)に該当の各行為はその何れの一つのみでも懲戒解雇事由に該当する重大な反則行為であるから、会社が情況酌量の余地なきものと認め申請人を懲戒解雇に処したのは当然の処置であつて就業規則の適用を誤つた違法な解雇であり又は懲戒解雇権の濫用であるという申請人の主張はその理由がなく、本件懲戒解雇はもとより有効なものである。

又不当労働行為云々の主張についても、申請人は特に他の執行委員に比して活溌な組合活動をしたという事跡はなく、会社は前記の反則行為を理由として本件懲戒解雇に出たものであるから右申請人の主張も失当である。

三、仮処分の必要性について。

更に仮処分の必要性の面から見ても、申請人は組合専従者として現に組合から相当の報酬を支給されているのであるから、到底その主張の如く生活に困窮し急迫の状態にあるものとはいえないし、組合活動上の不利益云々についても会社は申請人の執行委員たる地位を認め、組合事務所及び用件ある場合は会社事務所への出入を許している現状であるので、同人の組合活動を制限しているという事実はなく、以上何れの点からも本件仮処分はその必要性が認められないものというべきである。

以上の通りであるから本件仮処分申請はその理由も必要性もないものとして却下せらるべきである。

第四、被申請人の右主張に対する申請人の認否及び反駁。

申請人代理人は右被申請人の主張に対し次の通り述べた。

一、解雇理由(一)、(二)について。

会社側が組合との保安要員協定の交渉に当り塩素消費工場のストは避けられたいと述べたことは認めるが、会社がW工場のストに際し非組合員により同工場の操業を継続する方針であつたことは否認する。当時W工場がO工場の生産する一日約三十二トンの塩素の中約六トンを消費していたことは認めるが、右スト当時W工場消費分の六トンの塩素はこれを他の塩素消費工場へ増配するとか、O工場電解槽につき減電操作を行うことにより処理することができたものであつて、組合はかくすることによりW工場の停止が支障なく行われることにつき十分技術的な検討を加え確信を持つていたのであり、W工場のスト実施によつて当然にW工場は運転停止されるものと期待し、会社がその操業を継続するなどということは夢想だにしていなかつたのである。又、当時ストに入れば作業が停止されるというのは組合にとつても組合員にとつても過去のストにおける経験により常識となつており、従前からの確立された慣行であつて、榎下ピケ隊長以下ピケ隊全員、及び申請人や安部書記長等もスト突入によつて当然にW工場の作業は停止されるものと信じ、会社が作業続行を企てていることなど疑う余地すらなかつたものである。従つてW工場における申請人及びピケ隊員等の行動についても、前掲申請人の主張するところと合致しない部分はすべてこれを争うが、更にこれを附陳すれば、当日ピケ隊員等がW工場に赴き同行した安部書記長が岩越係長に対し「只今から組合は労務の提供を拒否致します。保安要員は二名です。」と通告したところ、同係長は「ハイ」と答えて計器室に入つたので、安部書記長以下組合員二十名ばかりがその後について計器室に行つて見ると、岩越係長のほか係員及び保安要員が一、二名いて計器監視等の作業を行つていたのでW工場の停止作業が進められているものと考えてその場で待機していたのであるが、たまたま同工場の停止が遅れたため右ピケ隊員等の引揚げも遅くなつたというにすぎないのであつて、その間計器に近づき作業員の仕事の邪魔になる様なことをした者もなければ岩越係長をとりまいて「停めろ停めろ」といつた者もない。前述の如く組合員等は会社がW工場を操業継続するということは夢想もしていなかつたのであるから、「停めろ」「停めない」の問答が行われる筈もなく、もし問答があつたとしてもそれは何時停まるかという時期についての問答であつたのに過ぎない。又申請人はその間岩越係長がW工場内の計器巡視に廻つた際組合員松永、工藤の両名と共に同係長と同行したのであるが、この巡視は終始平穏裡に行われ何等暴行、脅迫に類する様なこともなく、同係長が操業継続を困難と感ずる様な事態はなかつたし、殊に同係長がメチルクロライド貯槽の計器を点検中申請人がその足を引張つて引きずり降ろそうとしたという事実は全くない。十八時二十分頃木谷課長がW工場に来てからも、安部書記長が「何時頃停りますか」と尋ねたところ同課長は「非常に機械が複雑だから簡単には停められない。しかし大体十九時頃には停まります。」と答えたのであるが、十九時を経過しても尚機械が停止しないので安部書記長が更に木谷課長に尋ねると、同課長は二十時頃になつたら停まると答え、この様な経過を経てW工場は同十九時五十五分第一セットが、二十一時十分第二セットが夫々停止したのであるが、この間木谷課長はO工場と再三電話連絡を行い或は自ら直接出向いて打合せを行つた上万全の措置をとり自ら操業停止を行つたものであつて、何等組合の強制ないしは脅迫によつて停止を余儀なくされたものではない。従つてもしその結果O工場電解槽が一部停止、破壊するに至つたとしても、その様な結果の検討及び見通しはすべて木谷課長自らにおいて行つていたものであり、その停止の結果については自ら停止した会社が当然責を負うべきであつて何等組合の責に帰すべきところはなく、いわんや単に組合員の一員ないしは一執行委員としてピケ隊に同行したのみで格別の行動をしていない申請人の責任のないことはいうまでもない。従つて申請人には何等就業規則所定の懲戒解雇事由たる「上長に対し暴行脅迫を加えた者」に該る事実もなく、「他の従業者の業務を妨げた者」に該る事実もなく、「故意又は過失により工場の設備、機械等を損壊し会社に損害を与えた者」に該当する事実もない。

二、解雇理由(三)について。

会社が建造物内のデモを禁止する旨組合に通告していたこと、申請人が組合員を引卒して階段を降りて来る途中笛を吹いたりワッショイ、ワッショイと掛声をあげたりしたこと、及びこれに対し大須賀調査係長が何か注意していたことは認める。

しかし会社の右禁止は何等就業規則或は労使の協定によるものではなく、従来デモが行われた場合に書面又は口頭で抗議申入れがあつたというのに過ぎず、これに対し組合は会社と意見が対立したままデモを組合の方針として実施していたものである。而して昼の休憩時間中における従業員の行為は作業上の会社の指揮下に入つているものではなく、法令、協約、就業規則等に違反しない限り何をしようと自由であるから、右会社の禁止に対する違反ということはさしたる意味を持つものではない。

或は会社の建物に対する施設管理権に基く権限として禁止したものであるとしても、施設管理権と雖も無制限に行使できるものではなく、少くとも従業員が自らの職場において休憩時間中に行う行動についての制限、禁止措置については自ら合理的な限界がある筈である。これを実質的に見ても本件デモは事務所関係の組合員のみが屋上に集合した後事務所前広場に合流するために階段を通つて(屋外非常階段は多人数の通行に耐えない。)外に出たというに過ぎず、屋内デモというよりは多勢が階段を通つて外に出たという方が適切な位である。時と場所とを選ばずに事務所内の事務室或は廊下を作業時間中にデモ行進したというのであれば格別、作業の停止されている休憩時間中に事務所関係の従業員が事務所建物の端の階段を通行したのに過ぎない本件行進は、会社が施設管理権をたてにとつたとしても尚許容されて然るべきものであり、このことは小学生などの工場見学が作業時間中にも許容され、その喧騒の度が本件デモ等の比でないことに徴しても明かである。

尚右デモの実施についても、当日組合執行委員会において「当日十二時から十三時までの休憩時間に事務所関係の組合員を全員屋上に集合せしめ、経過報告を行つた後階段を降りて事務所前広場のデモに参加する。担当は申請人と武下指導部員とする。」ことまで決定されていたのであつて、右の程度の許容さるべきデモにつき組合の決定に従つてその実施を担当した申請人につき何等とがめるべきところはない。

仮に本件デモの程度のものでも会社の禁止が有効に行われ得るものとしても、申請人の行為は右の如く組合の方針を忠実に履行したのに過ぎないから、右禁止に違反した責は組合に帰せられることはあつても申請人個人に帰せられるものではない。或は右デモ実施の責任が組合及び申請人に帰すべきものであるとしても、本件デモたるや前述の如くデモというよりは階段通過といつた方が適切な位であるから、少くとも懲戒解雇事由としての「徒党を組み喧騒した者」或は「著しく工場の風紀、秩序を紊した者」に該るものではない。たとえ形式的に当るところがあるとしても、この程度の事由を以て解雇することは解雇権の濫用であつて無効である。尚就業規則第八十六条第十一号の「上長の制止を聞かず」との字句について一言すれば、右上長というのは職制上のそれを指すものであることは明かである。従つて「上長の制止を聞かず」といい得るためには、その上長の制止が職務規律上のそれであり、かつ制止せられた者が職務規律上それに従う義務がある場合でなければならない。しかるに本件において申請人は組合の決定をその通り実行していたものであり、大須賀調査係長との関係はその限りにおいて上長と従属者との関係に立つものではなく、会社と組合との意見、方針の対立という対等者間の関係に立つものであつて、この点からも申請人の行為は前記就業規則の条項にふれるものではない。

三、解雇理由(四)について。

申請人が稲井人事課長の足を蹴つたこと、及び腕を引張つて組合事務所まで来いと強要したとの事実は否認する。同課長が組合員多数に取巻かれたいきさつは、ピケッティング練習の指揮者永田執行委員が写真撮影者(守衛の福山であつたことは認める。)に対しその所属氏名、撮影の目的等を尋ねたが福山が終始答えずにいるところへ稲井課長が来て、「君はどうするのか」「この人を離さんのか」等といい出したので、永田は事の意外に驚き同課長が福山を連れ去るのではないかと考えて、居合せた組合員に対し「取巻け」と呼びかけたところ、予想に反して組合員が密集し中央にいた稲井、永田を始め、福山や土山執行委員、及び申請人等を取囲んで身動きもできない位にぎゆうぎゆう押し合いが始まつたのである。そこで土山や申請人等は組合員等に対し「待て待て」などと呼びかけ手をあげなどして制止しようとしたが容易に収拾がつかず、指揮者である永田がはう様にして囲みの外に出て「やめー」という号令をかけたので組合員はやつと囲みをといたのである。

かような次第であるから稲井課長がとりまかれたことについては申請人に全くその責任はない。而して右の如くとりまかれている間に同課長は申請人から足を蹴られたというのであるが、右の間同課長と向き合つていたのは申請人でなく前記土山であつて申請人はその傍にいたのであるから、申請人に蹴られたというのは不合理であるし、この時の状態は前記の通り殆んど身動きもできない密集状態であり、足をあげて蹴るなどということは不可能であつた。のみならず密集した中で靴が触れ合いぶつかる様なことも屡々あつた状態であるから、たまたま稲井課長が足を蹴られたという事実があつたとしても、何人かの足が故意によるものではなく密集した中で偶然に接触したのに過ぎないのであつて、殊更に取上げるほどのことではない。従つて本件解雇事由は全く事実無根のものとして失当である。

四、解雇理由(五)について。

会社がニュースカーの工場構内使用を禁止する旨組合に通告していたことは認める。社外人を工場内に無断立入らしめることが会社の工場関係来訪者の取扱に違反する行為であることは知らない。当日中山孝顕がニュースカーに乗つていた事情は、同人が昼休みの組合大会に大牟田地評よりメッセージを送るため十一時半頃組合事務所に到着し、十二時頃いつもの通り大会が会社事務所前広場で行われるものと思つていたのでそこまで行くために組合事務所を出たところ、その前にたまたま組合ニュースカーが停車していたので、従前屡々組合に出入し組合大会に出席していた時も大会は会社事務所前広場で行われていたしそのためニュースカーが会場に行く様なときはこれに便乗して会場まで行くことも再三あつたので、この時も会場までニュースカーに便乗するために車内に乗り込んで発車を待つていたのである。するとやがて何人かの組合員が乗り込み、最後に申請人が急いで乗車するや否やニュースカーは発車したが、車が右広場についたとき組合員の姿は見られず、中山は連日の疲れもあり大会が始まるまで車内で待つているつもりでいたところ、疲れているままにそのまま眠りこんでしまつた。ところで一方申請人は急いで乗車したため右中山の同乗していることも気がつかず、この日は抗議デモに参加する様組合員に呼びかけるため構内を廻る予定であつたので、予定通り構内を一巡しマイクによつて呼びかけを行いながら再び右広場へ戻つて来たが、この時うつらうつらしながら乗つていた中山はデモ隊が皆広場を通過して行くので始めて不審に思い、申請人に尋ねたところこの日の大会は組合事務所前で行うことを聞き、ここで自分の誤解に気がついて組合事務所前広場に赴き大会に参加した次第である。従つて中山がニュースカーに乗つて構内を廻つたのは全く中山の誤解に基く偶発事であつて、何等申請人の責に帰すべきものではない。申請人が中山の同乗していることに気がついた時期については明かでないが、少くとも発車当時には知らなかつたことは明かであり、事務所前広場に帰りつく以前に気がついていたとしても申請人が放送を担当していた事実からしてかなり遅い時期であり、少くとも気がついた時に中山を下車せしめるよりはそのまま乗せて帰つた方がむしろ適当と思われる時期と地点であつたと推測される。殊に申請人は中山が何のためにニユースカーに乗つたかは全く知らないのであるから、中山が乗つているのに気がついた後同人を下車せしめなかつたからといつて、それが申請人自身の責任において中山の乗車を容認したものということはできず、いわんや中山を故意に構内に侵入せしめたなどということは全く的を外れた非難である。

次にニュースカーの使用禁止違反の問題については、元来ニュースカーの使用、管理は執行委員会の決定によるか又は書記長の命令によつていたもので、組合大会、デモ等についてニュースカーにより呼びかけを行うことは従来から通常行われて来たことであつて、その呼びかけを行う担当者を誰にするかは執行委員会の決定又は書記長の命令によるのであり、従来全執行委員がほぼ交互にこれに当つており特に申請人がこれに当つていたわけではないが、本件当日の五月十七日に申請人がニュースカー放送の担当となつたのも執行委員会の決定によつたものであり、執行委員会の決定に従つて組合活動を行つたまでに過ぎない。

又前記会社の禁止通告なるものも前出デモ禁止の例に見られると同様、その禁止は何ら就業規則或は労使間の協定によるものでないから、これに対する違反ということは右デモの場合と同様さしたる意味を有するものでなく、これを実質的に見ても会社が右使用禁止の理由としてあげる理由の中、交通安全上の理由云々については組合がニュースカーを使用したのは昼の休憩時間内であり、トラックはすべて運行を中止しているし、その運行通路は広い主要道路のみであつて交通上の危険は全くなくまた作業安全上の理由云々についても作業時間中にさえ専用鉄道機関車の騒音、汽笛等があり、休憩時間においては事務所前広場でソフトボール、バレーボール等の試合が行われ鐘、太鼓、ドラム罐等によつて騒音を発しても会社はむしろこれを奨励しさえしているのであるから、これとの対比上ニュースカーの使用が作業の支障となるという筈はない。従つて会社の右禁止措置は全く組合活動の制限を目的とするものであるというのほかはなく、理由なき不当の措置であるから、ニュースカーが昼休みの休憩時間中に構内を運行することは何等「風紀秩序を紊すもの」というに当らないことは明かである。

従つて組合執行委員会の決定に従つて行動したに過ぎない申請人の本件行為も又何等右就業規則の条項に該当するものではない。

五、以上の通り本件解雇理由(一)ないし(五)の事実は何れも就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するものではないが、仮に何等かの点に於てこれに該当するとしても、何れも極めて軽微の事由であり、かつ(四)を除いては組合の方針ないしは決定に従つた行為であるから、未だ以て懲戒解雇とするには足りず、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。

六、仮処分の必要性について。

申請人が現在組合の専従役員として組合から給与の支給を受けていることは認める。しかしながら組合専従役員と雖も任期の満了と同時にその職を去らなければならないものであり、且つ又任期満了前と雖も何時その職を去らねばならなくなるかは全くはかり難いところであつて、地位保全仮処分申請の必要性においては全く他の一般従業員と異るところはない。よつて右事情の存在に拘らず本件仮処分は尚その必要性がある。

第五、申請人の右主張に対する被申請人の認否及び主張。

被申請代理人は右申請人の主張について次の通り述べた。

個々の事実関係につき前記被申請人の主張と反するところはすべて争う。本件申請人の行為が何れも組合の決定に基く争議行為であり又は正当な組合活動であるとの主張については、たとえそれが争議行為ないしは組合活動の一環としてなされたものであつても、それ自体が明かに違法又は不当なものであるから就業規則に基いてその責任を追及せられてもやむを得ないものといわねばならない。これを解雇理由(一)、(二)のW工場スト事件について見れば、前述の如く同工場における組合の争議行為は多数ピケ隊員の工場内不法侵入、非組合員に対する作業停止強要、その結果たる会社に対する積極的業務妨害等においてそれ自体著しい違法性を帯びているものであるところ、申請人は組合執行委員、組織部副部長として常に組合の枢機に参画していたのみならず、右W工場に赴き卒先して組合員多数を指揮煽動したばかりか、自ら会社職制に対して数々の暴行脅迫を働いたのであるから、何れの点よりしてもその責任を免れることはできないものであり、解雇理由(三)、(五)の行為については、たとえ組合が会社の禁止通告を不当とし屋内デモ、ニュースカーの構内使用を敢行する方針であつたとしても、工業所の如き多数従業員を擁する綜合化学工場において最も必要とせられる工場の秩序が会社の意思に反し組合の恣意によつて乱され、統制がとれなくなつたとすれば企業の存立上由々しき大事であるし、右各禁止事項を侵犯した上に部外者の無断立入厳禁についても侵犯した申請人の行為は会社の物的、人的両面にわたる管理権の侵害であつて、将来の工場経営上著しい障害となるもので絶対に看過できないところである。元来会社は前記三月三日のW工場のスト中の違法行為に関する責任追及を議するに当つては、単に申請人のみならず当然全執行委員に対してその責任を問うことができるとの見解に達したが、特に今回に限り成るべく事を穏便に処理することになり、ただ申請人について当日の実行々為が際立つて著しく、かつ既に解雇理由(三)、(四)の両度にわたる懲戒解雇に値する就業規則違反を繰返しているのみならず、右争議後である五月十七日に至つてまたしても解雇理由(五)の重大なる就業規則違反を犯した等のため、申請人のみを解雇することに止めたものである。よつて右解雇が解雇権の濫用であるという申請人の主張も到底理由がない。

第六、疎明関係。

〈省略〉

理由

被申請人が東京都に本店を有しコークス及びその副産物、染料、医薬品、工業薬品その他の化学工業品の製造、販売を業とする株式会社であり、申請人が大牟田市所在の同会社三池染料工業所の従業員であつた者で、現に右工業所従業員を以て組織する三池染料労働組合の組合員であり、右組合の執行委員(組織部副部長専従)の職にあること、及び会社が昭和三十一年六月二十九日附で申請人に対し申請理由二の(一)乃至(五)記載の如き理由に基き懲戒解雇に処する旨意思表示をなしたことは当事者間に争がなく、

又被申請人が右解雇の根拠として主張する右工業所就業規則第八十六条には、懲戒解雇に処すべき場合として、(本件に関連する部分のみ)

第十号、他の従業者に対し暴行又は強迫を加え或はその業務を妨げた者。

第十一号、上長の制止を聞かず個人で若しくは徒党を組み喧騒し又は作業の遂行に支障を来させた者。

第十二号、著しく工場の風紀、秩序を紊した者。

第十三号、職務上の指示、命令に不当に反抗し、又は上長に対し暴行脅迫を加えた者。

第十四号、故意又は重大な過失により火災、爆発、その他工場の設備、機械、器具、什器、その他物品を損壊若しくは傷害し、又は操作を誤り会社に損害を与えた者。

第二十号、その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があつた者。

以上の如く定められていることは成立に争ない疎乙第十二号証によつて認められる。

申請人は先づ会社が解雇理由としてあげる事実は何れも真実に反し又は就業規則所定の懲戒解雇事由に該当しないから、右懲戒解雇処分は就業規則の適用を誤つた違法な解雇であると主張するので、申請人に会社主張の如き各所為があつたか否か、及びこれがあつたとすれば会社主張の如き就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するか否かにつき、以下逐次検討を加えることとする。

第一、解雇理由(一)、(二)の事実について。

(昭和三十一年三月三日W工場岩越係長に対する暴行事件等)

当日は組合の会社に対する賃上げ闘争期間中であつて、組合が同日十八時より翌々五日十五時まで工業所W工場及びA工場につき四十五時間の部分ストを実施したことは当事者間に争がなく、成立に争のない疎甲第七号証、同第二十四号証、疎乙第十八号証、同第二十五号証、一部は成立に争がなく他は証人稲井茂昌の証言によつて成立の認められる同第九号証と、証人稲井茂昌(第一回)、同木村鉄雄、同木谷和夫、同岩越和夫、同堤高則、同高橋聰、同北島武夫、同塚本朝次、同工藤幸男(但し後記措信しない部分を除く。)同安部靖(一、二回共、但しこれも後記措信しない部分を除く。)の各証言を綜合すると、およそ次の如き事実が疎明せられる。

(1)  同日のW工場部分ストに至るまでの経過。

組合は昭和三十年十二月下旬退職金増額を、翌三十一年一月下旬従業員平均三千百円の賃金増額、通勤費全額会社負担、及び住宅手当の支給を各要求し、会社はこれらの要求に対し退職金増額については同年一月二十日全面的拒否を、ついで二月十四日賃金増額については従業員平均二千円の増額、通勤費、住宅手当に関しては全面的拒否の旨を回答したところ、組合は全面的に不満であるとして同月十六日再回答を要求し、会社は同月二十二日前回の回答に変更なき旨を回答したことから同日組合は会社の再回答を非難する声明書を発し、同月二十四日前記諸要求貫徹のため実力を以て戦う旨の闘争宣言を組合ニュース紙上で発表したが、ついで組合は同月二十七日より三日間にわたりスト権集約の全組合員投票を行つた結果スト権を確立し、その態勢のもとに翌三月一日、最終回答を同月三日までに行う様会社側に申入れ、かくて三月二日に至り第一波として同月三日十四時より十七時までの全工場時限スト、第二波として同日十八時より翌々五日十五時まで、発電、動力、動力工務、L、A、有機五工務、三川、W、B、VA、VHの各工場の中数支部につき四十五時間部分ストを実施する旨会社に通告し、三月三日右第一波は通告通り行われた後、第二波についてはその直前までに、W、A両工場以外はスト指令が解除され結局右両工場のみが四十五時間部分ストに入つたものであるが、

会社側は右連続スト実施に先立ち三月二日午前より翌三日午前にかけ四回にわたり組合側とスト中の工場保全のための保安要員協定の交渉を行つたが、右交渉の冒頭にスト中も停止すべからざる施設として骸炭炉、O工場(食塩電解工場)、Q工場(硫酸工場)、M工場(硫化ソーダ工場)の四つをあげ、これらの工場は連続作業の性質上停止すれば施設の破壊或は反応物質の爆発等の危険を生ずるため絶対に作業停止はできないこと、及びこれら工場と直接関連している洗炭、動力、ガス、電気、塩素処理のOB、V、W、N等の十三工場についても右四工場を動かすため最低限の作業を行う必要があり、特に塩素処理については右OB、V、W、N各工場は大口の塩素を消費しているので、その中一ケ所でも停止するとその分の塩素は他所では取りきれなくなり、O工場の電解槽が駄目になるので塩素処理作業は通常通り行う必要があることを説明し、ストの場合も以上の各部門については最低の保安作業要員を差出されたい旨、組合側に要請しその前提のもとに工場各部門につき具体的な要員数の交渉に入ろうとしたところ、組合側出席者(申請人を含む四名の執行委員等)から以上の様な工場でも停止はできる、塩素処理工場についても停止工場分の塩素を他の塩素処理工場に廻し、或は電解工場で一〇%位減電して塩素発生量を減らせば一部停止できないことはない等の発言があり、この点につき二、三問答が交されたが、折から組合の第一波スト計画が示されたため、取敢ず右第一波ストに処する保安要員の取決めについて交渉が進められることになつた。しかしその交渉は容易に折合がつかず、二回、三回、四回と交渉を重ね第二回の交渉席上第二波スト計画も示されたが、漸く第四回(三月三日午前)の交渉において第一波ストについては前記要員の協定が成立(W工場については三名でまとまる)したけれども、第二波ストの分については組合の都合により右最後の交渉が打切られたまま再度の交渉は開かれず、遂に右協定の成立を見ぬまま(W工場については会社の要求する保安要員数は四名で保全作業の継続を前提とするものであるのに対し、組合案は保全作業を予定せず単に盗難等の予防を目的とする警戒要員として二名であつた。)ストに突入するに至つた。そこで会社側は第二波ストによりW工場部分ストの不可避なることを察するや、最悪の場合は組合側保安要員の差出しがないまま非組合員たる職員等のみで同工場の塩素処理作業を継続する方針を建て、担当課長等をして一応その態勢を調えさせた上右第二波ストに臨んだのである。

(2)  会社が特にW工場の作業継続方針をとるに至つた事情。

ところで前記W工場は食塩電解工場たるO工場で発生した塩素をパイプで送気を受け、これとメタノール及び塩酸ガス(これは合成塩酸工場のD工場から供給される)を反応させてメセチレンクロライド(冷媒及び溶媒として使われる)を製造する工場であるが、当時(三月の予算では)O工場で発生する一日約三十一トンの塩素の中約六トン(その中四・六トンは直接O工場から送気を受け、他の一・四トンは一旦D工場で塩酸ガスにされてから供給される)を消費している工業所内でも有数の大口塩素消費工場であつた。しかるに右塩素の発生と消費との関連については、次の如き特殊な事情が存在する。

即ち塩素発生工場たるO工場の食塩電解装置は直立隔膜式電解槽を使用しているところ、右電解槽はドラム罐大円筒形の槽内に食塩水を満たし陰陽の電極を入れ通電し、陽極に塩素を、陰極に苛性ソーダと水素を各発生させるが、右塩素と水素が混合すれば直ちに爆発するため厚さ約一ミリのアスベスト紙を陰極たる円筒形金網の内側に貼りつけ、隔膜として陽極たるカーボン電極の周囲にめぐらし右両ガスを隔離して発生させている構造であるが、その構造上これを運転するについては自ら種々の制約を蒙つている。

第一に通電中の電解槽を急に通電停止すると、それまで槽内食塩水中に気泡として発生していた塩素、水素が一時に液面に浮き上るため、その容積だけ液面は急激に低下しその部分の隔膜が露出することがあり、その際両側の塩素と水素の圧力が均等でない場合は何れか高い方から反対側に流入し直ちに爆発を起すに至る。これを防ぐため電解槽を停止する必要がある場合には必ず事前に槽内食塩水の液面を相当高く上げておき、停止により液面が低下しても隔膜の露出することがない様にするのが絶対に必要であつて、この準備なしに不時に電解槽の通電を停止することは厳に戒むべきこととされる。

第二に右爆発の危険を生ずることなく電解槽を停止し得た場合でも、通電停止が長時間に及ぶ場合には次の様な被害を生ずる。即ち前記アスベスト隔膜は槽内苛性ソーダーの発生に備え元来アルカリ性の中で強度を保つ様に作られているが、通電停止になると苛性ソーダの発生がなくなり槽内食塩水のアルカリ濃度が漸減するとその強度も次第に失われる上に、運転中は食塩液中のカルシュウム、マグネシュムが水酸化物となつて糊状沈澱物として隔膜に附着し食塩水透過量を適当に押えているのが、塩素を含む食塩水により塩化物とされて洗い流される結果食塩水流出量が急激に増加し、液面低下により隔膜が露出しこれが剥落するに至る。従つて通電停止後も槽内に食塩水流入を続けているとある程度右の剥落はさけられるが、これとて長時間にわたるときは隔膜の有孔度が増すことによりその再使用が不可能となるに至る。

しかも右の様にして隔膜が損傷するとその取替は電解槽を解体しなければできない様になつているので、その際ただでも折損し易いカーボン電極がどうしても多少の折損を伴う等、他の部分までも取替えねばならぬこともあり損害が増大される。よつて電解槽はこれが運転を停止する場合でも三時間程度を最大限とし、それ以上にわたつて停止することは極力さけるべきものとされている。

第三に電解槽は数時間にわたりある定量以下の電流を通ずる場合には、生成する苛性ソーダの漸減により右第二の場合と同様アスベスト隔膜は次第に強度を減じ、遂には剥落し或は塩素に吹き破られるに至る。しかるに他方通電停止のときと違つて水素の発生は続いているので、隔膜が損傷すれば直ちに両ガスの混合による爆発の危険を招くわけである。そこでこの危険をさけるため電解槽について最低安全電流を定め、常時この制限以上の定負荷で通電を継続している状態である。

かような事情であるのでO工場の電解槽は常時定負荷による、年間二十四時間連続運転を実施している現状であり、その結果電解生成物たる塩素、水素、苛性ソーダも必然的に二十四時間連続、かつ定量的に発生しているわけであるが、

他方右の塩素は有毒、かつ腐蝕性の強いガスであり、空気より重い性質を有するため、大量貯蔵は困難でありさりとて空中放出も許されぬので、発生即消費ということにならざるを得ず、O工場で発生した塩素は全量直ちに各塩素処理工場に送り、安定した化合物に処理することが必要である。この塩素処理工場として工業所内にはW工場のほかN工場(クロールベンゾール製造)、OB工場(クロールピクリン及び晒粉製造)、D工場(合成塩酸工場)、V工場(モノクロール醋酸及びB・H・C製造)等があるが、何れもO工場電解槽の運転している限り連続作業を行う様になつていて、この中N、OB、V、W各工場は大口塩素消費工場である。

この様な関係上、W工場の作業は絶えずO工場と緊密な連絡のもとに連続して行われることを要し、もしW工場の作業を勝手に停止する様なことがあれば、その消費分の塩素が過剰となりO工場電解槽及び送気パイプ内の塩素の圧力は急激に上昇し、電解槽爆発の危険は勿論、塩素ガスの漏洩により広範囲にわたり人命に危害を及ぼすにも至り、かようなことは絶対に許されないところであるが、O工場と打合せの上でW工場の作業を停止しようとする場合でも、そうするためにはW工場消費分の塩素を他の塩素処理工場で振替消費するか、それが不可能なときはO工場電解槽につき塩素発生量を減らすほかはないが、前者の振替消費の方法は他の塩素消費工場にそれだけの余剰消費能力があるときに限り可能であり、不時の場合はその条件が満たないことが多いし、後者の方法は結局電解槽について減電又は一部停止を余儀なくされ、その結果は前記の如く各種の危険や損害を招来するため、会社としてはそれを覚悟の上でなければこれ又容易に実施できるものではない。

会社が第二波ストに際してもW工場の塩素処理作業を継続するという方針をとつたのはおよそ以上の如き事情によつたものである。

(3)  申請人のW工場岩越係長に対する具体的行為等。

かかる情勢のもとにW工場では三月三日当日、十四時より十七時までの第一波ストの際も組合の差出した保安要員三名により塩素処理作業である粗製メチレンクロライド製造作業を継続してO工場運転維持のための保安作業を行い、第一波スト終了後十八時の第二波スト開始までは職員たる岩越係長ほか係員二名と組合員たる従業員五名によりメチレンクロライド精溜作業も再開し平常通りの作業を行つていたが、第二波スト切迫につれ組合ピケ隊の工場内侵入の気配が窺われたので、岩越係長は木谷有機第一課長の命を受けその場合にもピケ隊と摩擦をさけて粗製メチレンクロライド製造作業たる保安作業のみは継続する様係員等に指示した上、同工場二階事務室に待機していたところ、

十八時直前となるや申請人及び安部組合書記長を始め組合員約二十名がどやどやと右事務室に入り、安部書記長が岩越係長に対し「十八時只今から組合は労務の提供を拒否する。保安要員は二名である。直ちに作業を停止されたい」旨を通告したので岩越係長は「保安要員は二名ですか、会社の方からは四名ということで申入れてあつた筈だが」などと反問したが、相手は「二名になつた」というだけでそれ以上の応答は進まず、その中に右組合員等は同室を出て二階中央の計器室の方へ向つて行つた。そこで岩越係長は巡視のために計器室へ行つて見ると先の者等を合せ約四十名の組合員が雑然として侵入しており只ならぬ感を受けたが、職責上引込むわけに行かず同室に入り、自動的に作業が続けられているメチレンクロライド反応系統の計器盤の計器類を右の方から点検して真中辺へ来たところ、申請人を始め数名の組合員がこれを取巻いて「何を愚団々々しているんだ、早く停めろ」といつてつめ寄つた。岩越係長は「この工場は連続作業だから停められない」と答えると、更に「十八時からストに入るということは通告してあつたんだから停められぬ筈はない」といい、岩越係長がとにかく連続作業だから停められるものではない旨を繰返し説明しても、右の者等はとにかく停めろ、停めろと口々にいつてやまないので、岩越係長はこれ以上とり合わず計器室を出て階段降り口傍の操作盤の方へ歩み寄り同所の計器の状況を見ていると、申請人は五、六名の組合員と共にやつて来て階段の所に立ちはだかる様にして岩越係長に向い「何をしているんだ、早く停めんか」と作業停止を要求し、岩越係長が連続作業だから停められない旨を繰返しいうと申請人は「あらかじめスト通告はしてあつたんだから準備してあつたろうが、それを今頃になつて見始めるのはどういうわけか」といつて迫るので、岩越係長は「いやしかし連続作業であるからすぐには停められん、しかも作業条件はその時々で変るので適切な処置が必要であるから、区切つてどこから停めるという様な停め方はできない」という風なことを説明したが、申請人等は聞入れようともせずその中に「我々を愚弄するのか、こんなにわからぬなら向うへ連れて行こう」とか、「つるし上げにするぞ」などと声をかける者もあり、更に申請人は塩素送気開閉用バルブを指して「これを停めればいいんだろう、早く停めなさい」といつて岩越係長の手をとらんばかりにして停止を迫つたが、同係長はこれには応ぜず右階段を降りて階下反応室へと巡視に赴いた。すると申請人は組合員松永、工藤の両名と共にずつとその後をついて廻り、岩越係長が反応計器室から主電熱盤を通過し蒸溜塔の横を通りその圧力を点検し、次にメチルクロライド貯槽室に至るまで三名交々に「早くせんか」「早くせんか」とせき立てたが、右貯槽室で岩越係長はメチルクロライド貯槽の上部にある圧力計を見たところその一つの表示が不審に思われたので、高さ約六十糎の煉瓦造りの貯槽基礎の上に両足をかけて上りその上に横たえられている円筒形貯槽上部にある右圧力計を手で叩いて検査していると、申請人は「何をしているか、引きずり降ろすぞ」といつて岩越係長の右足首を手でつかんで引張るので、同係長は足場が狭いので危く思い「引張るのはよせ、危いじやないか」と抗議したが申請人は尚も力を入れて引張り、「とにかく放せ」といつても尚放さぬので、岩越係長は一応検査も終つたし姿勢を一寸変えて降りかかつたところ漸く申請人は手を放した。それから同係長は令まで来た経路を逆にとつて再び計器室の方に引返したのであるが、その途中も右申請人等三名はこれにつきまとい、「大抵にせんか、芝居はやめろ」とか、「早くせんか」といつてせき立ててやまず殊に申請人はメタノール貯槽の手前の所で岩越係長の後から腰を抱く様に腕を廻して同係長の後押しを始め、岩越係長が「押さんでもいいじやないか」というと「押しちやおらん」といいながらず、約十米位押してメタノール貯槽の所でやつと手を放した。そこで岩越係長が右貯槽を指して「ここにはメタノールが入つており引火の危険があつて危いんだ」と注意したが、申請人は「そんなことはどうでもいい、早く急げ」といつて相手にせず、そこから岩越係長が計器室への階段を上り同所でW工場責任者木谷有機第一課長が来ているのを認めたが、申請人もこれを認めて今度は木谷課長の方を追い岩越係長の傍を離れて行つたので、前記松永、工藤等もこれに従つて岩越係長から離れて行き漸く岩越係長は一人になることができた。岩越係長が計器室で巡視を始めてからこの時までおよそ十五分位の間の出来事である。而して右の如くW工場計器室に侵入していた組合員等は、組合執行委員会がW工場のストに際しこれにピケ隊を派遣することを決定し、そのために組合青年行動隊員、及び代議員たる闘争委員等約四十名で編成されたピケ隊員等であつて、その隊長は代議員会議長榎下常雄、副隊長は組合員田中嘉一郎であり、安部書記長及び申請人五郎丸(当時も執行委員で組織部副部長専従であり、常任闘争委員でもあつた)は他の執行委員数名と共に組合幹部としてこれを監督すべく随行していたものである。

(4)  W工場の作業停止に至る経過とその結果によるO工場電解槽の一部停止とその被害。

そうする中にW工場の責任者である有機第一課長木谷和夫はW工場係員堤高則から組合ピケ隊が多数計器室に入つて来て手がつけられない旨電話報告を受け、十八時十五分頃有機第一課長室からW工場に赴いたところ、同室内の状況は前記岩越係長が当初見た時と同様であり、組合員多数が雑然としてその一部は計器監視等に従事している堤、中富両係員や、組合側の出した三名の保安要員(組合案では二名であつたが組合W支部長が交渉した結果三名出すことになつたもの)の周囲に二、三名づつ群がる様にし、口々にがやがやいつておる状態であつた。元来W工場は前記の如く塩素、塩酸ガス、メタノール等の有毒、又は引火性の強い物質を多量に処理し、その反応は高温、高圧であるため種々の危険を内蔵しており、高圧ガス取締法による規制を受け、会社としても危害予防規程を設けて同工場に適用し作業従事者及び工場管理者の許可した者以外は立入禁止の方針をとつていたが、就中その計器室は数十の計器が室内に集中され、自動化された各反応工程等の作業はすべてこの計器により操作される様になつており、工場の頭脳ともいうべき枢要の場所となつているので、木谷課長は驚いてこれ等の者に対し「ここは大事な所だから出て行つてくれ」といつたが誰も従おうとせず、「責任者は誰か、責任者が出て貰いたい」などといつているところへ申請人がつかつかと入つて来て木谷課長に対し「スト通告は知つとつた筈だ、早く停めてくれ、すぐ停めてくれ」といつて作業停止を要求した。これに対し木谷課長が「ここは塩素工場(電解工場)との関係上停められない、むしろ塩素工場の問題だから塩素工場の方へ行くのが筋道ではないか」と答えると、申請人は憤然として「そんなことはない、二十四時間前から通告してあるんだから停められる筈だ」といい返し、これに附和して他の組合員等も周囲に集り口々に停めろ、停めろという風なことをいつて騒然として来た。そこへ急を聞いて会社事務所から人事課長代理高橋聰等三名が入つて来たので申請人等は今度はその方に向つて木谷課長、岩越係長に対する場合と同様な問答を繰返し出したが、木谷課長は余り騒々しいので作業員の操作に誤りを来しては大変と思い、高橋課長代理等にここで議論するのはやめて控所の方へ行つてくれと申入れ、同人等を事務室横の控所の方へやらせ、これについて申請人等組合員の大半も控所の方へ行つたのでやつと計器室内は一応平静となつた。すると木谷課長はそこへ岩越係長の姿を認めたので同人にメチレンクロライド貯槽の状況につき調査を命じその結果の報告を受けたが、その際同人が工場内を巡視する間ずつと申請人等数名につきまとわれて作業停止を要求され、メチルクロライド貯槽の所では申請人に足を引張られて落ちそうになつたということも聴取したのである。そうするところへ申請人等は控所から再び計器室へ立戻つて来て相変らず前同様なことをいつて木谷課長に迫り又も騒然として来たが、組合員中のある者は興奮の余り「停めないなら強行手段をとるぞ」といつて操作盤の所へ走り寄ろうとしたので木谷課長が「おいこら」と大声をあげてこれを制止すると、今度は「おいこらとは何だ」といつて食つてかかる者も出る始末で愈々混乱状態となつた。そこで木谷課長は岩越係長が前記の様な目にあつていることであるし計器室の混乱は右の如くで容易に治まりそうもないので何時作業員が操作を誤るかも知れず或はその中に組合員等にバルブに手をかけて停められたりすると如何なる危険事態が発生するかも知れぬと考え、このままの状態で作業を継続することは到底不可能であると判断せざるを得なくなつたため、W工場を停止すれば必然的にO工場電解槽の一部停止を余儀なくさせ被害の生ずるであろうことはわかつているが、事ここに至つては停止はやむを得ないと決心し、自らO工場に赴いてW工場の停止につき協議し善後策をとることにし、組合員等を制しておいて十八時五十分頃自転車を駆つてO工場に赴き同工場の責任者たる北島無機課長と協議した結果、その了解を得て更に上司の指示も仰いだ上、W工場の作業を取敢ず十九時以降一セットの反応系統を停止し、次にしばらくおいて他の一セットを停止することに決定し、その旨O工場からW工場岩越係長に電話で指示した。かくてW工場の作業は停止を始めたが塩素圧力は急には減少しないため停止作業は除々に進められ、実際に停止したのは第一セットが十九時五十五分、第二セットが二十一時十分となつたが、この間も申請人等組合員はW工場内を立去らずまだ停らぬか、どうしているのか等再三木谷課長、岩越係長や係員等に尋ね続け、二十一時二十分頃漸く作業停止を確認した後、尚組合員数名を会社が作業を再開せぬ様監視のために残らせておいて退去して行つた。

かようにしてW工場の作業は停止されたのであるが、このことにより同工場に塩素を供給していたO工場では当時W工場が消費していた一日量約六トン強の塩素を他に処理すべき必要に迫られた。その中合成塩酸工場を経由して塩酸として供給している約一トン強の分はそのまま塩酸として同工場に貯蔵できるのでそれでよいとして、残り約五トン(予算では四・六トンのところ、これを上廻る消費をしていた)の塩素の処置については他の塩素消費工場の状況がB工場はその頃停止しており、その他各工場は何れも予算を上廻る消費をしていて、僅かにD工場(合成塩酸工場)が最高能力四・八トンのところ四・一トンを消費していて〇・七トンの余剰能力があるのみであつた上に、電解槽につき減電を行うことも当時単式電解槽五列の中三列が最低安全電流を示し、複式七列の中三列も右同様であつて、著しい減電は不可能であつたため、W工場の一セット停止分二・五トンを処理するためには取敢ず電解槽の単式一列(塩素発生量一・八トン)を停止すると共に、〇・七トン分を前記余剰能力のあるD工場に増送することによつて処置せざるを得なかつた。而して次の一セット分の二・五トンについては種々苦心した結果、VM工場(モノクロール醋酸工場)が五・三トンを消費しているのを六・三トンまで、BHC工場が五トンを消費しているのを五・五トン程度まで各相当無理をして増量消費させ合せて一・五トンだけの処置をつけ、残り一トンは折よく前記B工場が動かせることになつたので早速これに送り、同工場が又停つてからは減電可能の電解槽につき慎重に減電を実施して右一トン分の塩素発生を抑制し、かようにすることによつて電解槽の停止は前記一列だけに止めることができたのであるが、この結果右停止した一列の電解槽八十二台については、その後もスト中は再通電することができなかつたため、前記(2)に認定した如き事情によりその隔膜に損傷を来しこれを全部取替えのやむなきに至り、会社はそのため該隔膜の取替に要した費用が納十五万円、且つ右取替の際電解槽を解体したとき黒鉛電極の折損等を伴つたためその修理費用が約七十五万円、又電解槽の解体及び再組立に要した費用が約二十万円と、合計約百十万円に達する損害を蒙つたものである。

(右以外の会社主張の損害については本来解雇理由(二)の表示には含まれていなかつたと見られるし、又それについての適確な資料がない。)

以上の如く認められ、証人安部靖、同工藤幸男の各証言の中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る資料はない。

(5)  そこで以上の経過の中、申請人の叙上の行為が被申請人主張の如く就業規則第八十六条第十号後段(他の従業者に対し……その業務を妨げた者)及び同条第十三号後段(上長に対し暴行脅迫を加えた者)の懲戒事由に該当するか否か、並びにO工場電解槽の損傷の結果につき申請人が同条第十四号(故意又は重大な過失により工場の設備、機械等を損壊し、会社に損害を与えた者)に該当する責任を負うべきものか否かについて判断するに、

(イ) 申請人の前記一連の行為はそれが組合の決定により派遣されたピケ隊に随行し、その集団的行動たるピケ行為の一環として行われたものであるにせよ、右ピケ隊の行動たるや通常ピケッティングの範囲として容認さるべき言論による説得、団結の示威等による入門阻止又は就労阻止等の限度をはるかに逸脱したものである。即ち工業所のW工場は高圧ガス取締法の規制を受ける危険施設としてみだりに作業者以外の者は立入りできない工場であり、又最新式のオートメーション工場であつてその計器室には各種計器が集中され、一定の標準作業が全くこれらの計器によつてのみ操作されているという状況であるから、部外者が多数その内部に侵入して喧騒する如きは厳にこれを避くべきものであるに拘らず、会社が非組合員により操業中のかかる工場内に多数人員で無断侵入の上、右の如き枢要の場所たる計器室において作業中の非組合員更には保安作業を継続せんとする会社の作業責任者等に対し、多数の圧力を以て保安作業の停止を要求して喧騒を極め、非組合員等の固有の業務を妨害すると共に、会社がスト中と雖も作業を休止すべき義務がないのに拘らずその意に反して作業停止のやむなきに至らしめ、その操業の自由を侵害したものであるから、その目的、手段の双方において違法な争議行為であるといわざるを得ないところ、申請人は右ピケ隊の中でもその言動は特に著しいものがあり、いわゆる卒先実行者とみなさるべきものである上に、自ら執行委員として組織部副部長の地位にあり、常任闘争委員として本件闘争更には本件ピケ行為の企画に参与したものと推定されるので、かかる違法な争議行為に対する責任を問わるべきことは当然であつて、叙上認定の申請人の行為は他の従業者たる岩越係長に対しW工場の保安作業の継続を断念するのやむなきに至らしめてその業務を妨げたものと認むべきであり、前記第八十六条第十号後段の懲戒事由に該当するというべきである。

(ロ) そこで次に右申請人の行為が同時に岩越係長という「上長に対し暴行脅迫を加えた」ものに該当するか否かを考えるに、岩越が職制上係長の地位にあり、申請人は一般工員として身分上その下位にあることは明かであるが、成立に争のない疏乙第十二号証によれば工業所就業規則第五条には、

「従業者はこの規則を守り、自己の職務に対して責任を重んじ、職制に定められた上長の指示、命令に従い職務の遂行に努めると共に、職場秩序の保持に協力しなければならない。上長は常にその所属従業者に対し適切なる指導を行うと共に卒先その職責を遂行しなければならない。」

と定められており、前記第八十六条第十三号の懲戒事由たる「職務上の指示、命令に不当に反抗し、又は上長に対し暴行、脅迫を加えた者」との条項は、右第五条の規定を受けて職務上の指揮、命令系統の秩序を維持せんとするものであると解せられるので、右懲戒事由にいう「上長に対し暴行脅迫」の上長とは、その下位者に対し職務上の指揮、命令関係に立つ者であること、即ちその下位者がこれに対し職務上その指示、命令に服すべき関係がある場合を指称すると解すべきである。しかるに本件の場合、岩越が申請人に対する関係において右の如き職務上の指揮、命令関係を有していたことについては何等の主張、立証がなされていない、のみならず、仮に右懲戒規定を本件の場合に類推適用すべきものとしても、申請人の行為はこれを実質的に見るならば、前記の如く岩越係長の足を引張つたり、歩行中に後から押して行つたことはなるほど有形力の行使には相違ないが、右は岩越係長が問答の相手になろうとせず巡視を続けるのについいら立ちの余り手を出したものと認むべく、「暴行」というにはその程度も軽少なものであるし、又作業停止を要求して迫つたことについては事の行きがかり上多少粗暴の言辞のあつたことは認められるが、「こんなにわからぬのなら向うに連れて行こう」とか、「つるし上げにするぞ」などという言辞が申請人から発せられたことは確認し難いし、その他特に岩越係長に対しこれを畏怖せしめる如き言辞や態度があつたことは認められない。他方懲戒解雇は労働者にとつて極刑ともいうべき最終処分であるから、懲戒解雇事由としての「暴行脅迫」の内容としては自ら相当程度のものが予定せられているものと解すべきであり、以上の観点から見るならば右申請人の行為の程度を以て右懲戒事由にいう「暴行、脅迫を加えた」ものに当るとするのは相当でないと考えられる。よつて右申請人の行為は前記第八十六条第十三号後段の懲戒事由には該当しないものというべきである。

(ハ) そこで更に、O工場電解槽損傷の結果につき、申請人が「故意又は重大な過失により工場の設備、機械等を損壊させ、会社に損害を与えた」ものとして責任を問わるべきか否かについて判断するに、

会社がW工場の作業停止によりO工場電解槽の一列を停止するのやむなきに至り、その結果電解槽隔膜の損傷等の損害を蒙つたことは、会社がW工場の保安作業継続の方針を堅持していたのに対し、前段認定の如く多数の威力を以てする急迫な作業停止の強要により早急に右W工場の作業を停止せざるを得なかつた以上殆んど不可避の事態であつたと認むべく、また会社がW工場作業停止の措置に出たのは申請人を始めとする組合ピケ隊の圧力により停止しなければW工場の爆発ひいては有毒な塩素の漏出等不測の重大事態の発生する虞れがあり、これが防止のためやむなくとられた措置であつたこと、及び申請人が右作業停止を目的とするピケの企画者の一員であり且つピケ隊中の卒先実行者と目さるべき言動をなしたものであることは前述の通りであるから、申請人においてW工場の停止によりO工場電解槽に損傷の結果を来たすことにつきその故意又は重大な過失があつたとすれば、前記懲戒事由に該当するものとしてその責任を問わるべきことは当然である。

而して右「故意」の内容としては、本来懲戒は単なる結果責任の追及でなく、秩序違反に対する制裁及び他の者へのみせしめとしての性格を有し、従つて自ら反則者の主観的心情の面を重視すべき必要があること、及び特に本件に問擬せられる懲戒事由の条項が「故意又は重大な過失により」と明示していることからすれば、それは結果発生につき相当程度の蓋然性のあることを予見し且つ之を認容したことを要するというべきところ、

申請人に右の如き結果発生について相当の蓋然性があることの認識があつたかどうかについて見るに、一部は成立に争がなく他は証人堀円治の証言により成立を認むべき疏甲第十三号証と証人安部靖(一、二回)、同堀円治の各証言を綜合すると、

申請人を含む組合執行委員会は本件W工場のスト実施を行うに先立ち、三月二日予め組合の技術顧問である有機第二課係員堀円治に依頼しW工場の作業停止の可否及び他への影響等につき調査せしめたが、同人は当時のO工場の塩素発生量、及びこれから塩素供給を受ける各塩素消費工場の塩素消費能力等につき、会社作成の塩素バランス表の検討或は各工場作業員からの実状聴取等により一応調査を行つた結果、右同日現在においてO工場の塩素発生量は一日約三十一トンであるところ、その消費の内訳はOB工場が約三トン、D工場が約二・七トン、VM工場が約五・二トン、BHC工場が約四・九トン、N工場が約八・五トン、B工場が約一・四トン、W工場が約五・八トンを各消費しているが、この中N工場は一日十一・一トンまで、D工場は同四・八トンまで、OB工場は同四・四トンまで各最大消費能力があり、N工場で二・六トン、D工場で二・一トン、OB工場で一・四トンの各余剰能力を合せると約六トンに達するものと算定し、尚O工場電解槽についても一〇%位の減電により塩素発生量約三トンを抑制し得るものと見て、W工場が停止してもその分の塩素については右の余剰能力ある工場に転換消費させ或は電解槽の減電により支障なく処理し得るものと判断し、その旨組合執行委員会に報告した。そこで同委員会としてはW工場の作業を停止してもO工場電解槽につき停止の必要はなく、塩素処理の関係上W工場の保全操業を行う必要はないとの見解をとり、その見地から会社との保安要員の交渉においても、会社側がW工場の保安作業要員として四名を要求するのに対し、作業は行わない単なる警戒要員としての趣旨で二名出すことを固執して譲らなかつたもので、これに対し会社側も二、三説明を行つたが塩素発生と消費の具体的状況、電解槽の実状等についてはさして技術的な説明もないまま個々の要員数についての交渉に入り、そのままに終始したものであることが疏明せられ、右認定に反する疏明はなく、

右事実によれば組合執行委員会の一員たる申請人のW工場とO工場の関連性についての認識内容も右と同様の範囲を出なかつたものと認むべきであり、申請人にW工場の停止について積極的意図があつたとしても、それ以上にO工場電解槽の停止、損傷という結果発生についてまで相当の蓋然性があることにつき認識があり、これを認容しながら敢てW工業の停止を要求する行為に出たものとは認め難い。

しからば申請人が「故意」に前記電解槽の停止、損傷の事態を発生させ、会社に損害を与えたということはできない。

しかしながら右の如き結果発生につき、「重大な過失」はなかつたかというに、

(i) 前認定の如く三月二日より三日にわたる四回の保安要員協定の交渉において会社が組合側に対しO工場の停止すべからざること、及びW工場がO工場の関連工場として同じくその塩素消費作業は停止すべからざることを主張し、W工場の保安要員は右作業を行うことを前提として四名を要することを主張して、第一波の時限ストにおいてはW工場の保安要員は三名と決定して協定が成立し、決定通り三名の保安要員を以て右部分スト中の保全作業が継続されたこと及び申請人は執行委員兼常任闘争委員として右保安要員協定の交渉に終始出席したので、右会社の主張の趣旨は自己又は組合の見解は何れにあつたにせよ、充分わかつていたと思われること。

(ii) 証人堀円治の証言によれば同人は三井工業学校を卒業して工業所に二十年余勤務し、入所以来有機第二課に所属してアゾ染料及び中間体の製造部門を担当して来た技術者であり、職員であるが組合に所属しているため組合の技術顧問となつていた者で、一応の化学知識を備えていたものであることが認められるが、他方前掲証人木村鉄雄、同北島武夫、同木谷和夫、同塚本朝次の各証言を綜合すると、元来工業所は複雑多岐の工程より成る綜合化学工場であつて、その二百種に余る製品の製造過程においては自ら絶えざる技術的改良と設備の更新を加えられるものであり、有毒、危険な化学薬品の製造過程であるからその衝に当る者は専門的知識のみならず、多年の経験と熟練を必要とし、これを単に常識とか個人的研究等を以て習得するということは困難であること、しかも本件W工場、O工場等はとりわけ複雑な装置工場であるから、その日その時の反応物質の発生状況、その性状、電流の変化等により、関連工場全体にわたる綜合的見通しと検討のもとに操作されるものであつて、たとえば塩素の製造も一応は予め作成された予算表に基いて進められるものではあるが、これとて絶対的なものではなく、その時々の条件によつて或はこれを上廻り、又は逆に下廻ることもあり、現に本件W工場部分ストの直前も塩素発生量は予算に表示された数値を或程度上廻つていたもので、W工場の如き大口塩素消費工場が停止すればその分の塩素処理につき極めて困難な事態となる状況であつたことが認められ、かかる事実よりすれば右堀円治が前認定の如く自己の専門外のO工場、W工場等につき一応の調査をなしたのみでW工場を停止してもO工場の塩素製造に支障を来さないと推断したことは早計に失したうらみがあり、申請人(及び更には組合執行部)が右堀円治の結論をたやすくそのまま受け入れたのも又軽信のそしりを免れ得ないというべきである。

(iii) 更に前記木村、北島、木谷、塚本等各証人の証言によると従来工業所において数度のストライキがあつたがW工場の如き大口塩素消費工場の作業停止という争議行為は行われたことがなく、国内における他の化学工場においてもかようなことは行われたことがなく、W工場勤務の組合員もその工場支部総会において本件ストに際しW工場の保全作業は継続の必要があり、その停止は不可なる旨を決議して組合に具申した事実があつて、右決議は組合において採用されなかつたことが認められ、

以上(i)(ii)(iii)の諸事実よりすれば、申請人(及び本件ピケを企画し実行した者)はW工場の作業停止によりO工場電解槽に停止、損傷の結果を招来することにつき相当の注意をすればこれを認識し得べきであつたに拘らず、漫然前記堀円治の答申を信用してこれを認識するに至らなかつたことは重大な過失があつたものといわざるを得ない。しからば申請人にはこの点において、前記(二)の解雇理由たる就業規則第八十六条第十四号に該当する事由があるというべきである。

第二、解雇理由(三)について。(昭和三十一年二月二十三日会社事務所内デモ事件)

会社が従来建造物内のデモは禁止する旨組合に通告していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない疎乙第三十二号証と証人稲井茂昌(一、二回)、同大須賀喬、同野口正已、同武下明史(但し後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると次の如き事実が疏明せられる。即ち、

会社は工場構内のデモ行進等につき、特に建造物内のデモは工場に連続作業が多い関係上作業管理の面で支障があり、又施設管理権に基く秩序維持の面からも好ましくないとして禁止の方針をとつていたが、就中会社事務所は工場経営の本拠であり、二階には会社の九州営業所があつて外部から人の出入も多く、三階には所長室、部長室等会社幹部の部屋があり、四、五階には研究室、図書室等があつて静粛な雰囲気を必要とし、休憩時間中も研究、実験の続けられることがあり、一階には電話交換室があつて常時交換作業を行つている等の状態であるので、事務所内のデモは絶対に排除する方針を堅持し、従来一、二回組合デモ隊が玄関廊下附近に侵入した際も直ちに組合に対し厳重抗議を申入れ、再度侵犯の起らぬ様要求していた。これに対し組合は、事務所内でも廊下は通路であるからデモはやれるとの見解に立ち黙殺の態度をとつていたが、本件の昭和三十一年二月二十三日もその頃会社に対し要求中の前叙の賃上げ要求に対する会社回答を不満とし、当日昼の休憩時間中会社事務所前広場で抗議デモを実施することを前日の執行委員会で決定し、その際会社事務所関係の組合員は一且同事務所屋上に集合させて経過報告を行い、その後階段を降りて事務所前広場のデモに合流すること、その引卒者として執行委員たる申請人と臨時専従の武下明史が当ることも決定されたので、申請人は当日十二時二十分頃右屋上に事務所関係組合員約五十名を集合させた上簡単な経過報告を行つた後、右組合員等を三列の縦隊に並べ自らその先頭に立ち、武下がその後尾について、申請人が「ワッショイ、ワッショイ」と音頭をとり、他の組合員もこれに唱和して「ワッショイ、ワッショイ」と掛声をあげ、吹笛、足音と交つて相当の騒音を発しながら事務所内東端の階段を行進して降りたが、途中三階から二階へ降りる階段を通過しかかつたとき会社人事課調査係長大須賀喬がその場にかけつけて申請人に対し事務所内デモは禁止されているからやめて貰いたいと申入れた。しかし申請人は「何が悪いですか」と応酬し更に一層声を大にして「ワッショイ、ワッショイ」と音頭をとりつつ進んで行き大須賀係長が隊列に同行しながら再三制止したにも拘らずそのまま行進を続けて一階に降り、そこから事務所前広場へと出て行つたものである。

以上の通り認められ、証人武下明史の証言の中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定に反する疏明はない。

そこで右申請人の行為が被申請人主張の如く就業規則第八十六条第十一号の「上長の制止を聞かず、個人で又は徒党を組み喧騒した者」及び同条第十二号「著しく工場の風紀、秩序を紊した者」に該当するか否かにつき判断するに、

その前者にいう「上長」とは前記解雇理由(一)の場合と同様、その下位者が服務関係にある直属上長をいうと解すべきところ、本件の場合大須賀係長は組合と直接交渉の多い人事課の係長であり、申請人を制止したのは会社の施設管理権の行使としてその職責に基いたものであつて、組合活動と雖も一定の節度あることを要しみだりに会社の右管理権を侵害することは許されないから、デモの指揮者である申請人は組合活動として右デモを実施していたものとしても、その正当性を逸脱したデモであつた場合は条理上右大須賀係長の制止要求に対し之に服すべきであつて、かかる見地よりみれば本件の場合大須賀係長の制止は前記「上長の制止」に当ると認むべきである。しかし「個人で若しくは徒党を組み喧騒し」との文言自体は、本来統制ある団体行動として行われる組合活動の如きはその対象として予想するところではないと解せられるので、組合活動としてのデモがその正当な限度に止まる限りにおいては、これを目して「徒党を組み喧騒し」ということはできないし、また右の如きデモ行為がその正当な限界を越す場合は会社の施設管理権を侵害し工場の秩序を紊すものであることはいうまでもない。そこで本件デモが、組合活動としての正当な限度を逸脱したものであるかどうかについて検討するに右デモが昼の一般の休憩時間中に事務所関係の組合員が屋上に集合、経過報告を受けた後階段のみを通つて事務所広場のデモに参加するという形式で組合の指令に基き実施されたもので、外部より事務所に侵入し来つたデモではなく、また階段を上下して相当時間に亘つてデモを繰返し行つたわけではなく、比較的会社側業務に対する影響の少い様考慮して決定施行されたものであることを考慮すれば、階段とはいえデモのため之を通行する当然の権利があると見るべきではなく、階段を通つてのデモでも特に事務所は工業所の事業を統轄する最も重要な建物であることに徴すると、事情の如何によつては会社の管理権を侵害するおそれが多分にあるが、叙上の程度に止まつた本件デモを以てはいまだ組合デモとしての正当な限度を逸脱したとは認め難い。してみると、申請人の右行為を以て「徒党を組み喧騒し」又は「著しく工場の風紀秩序を紊したもの」とすることは相当でないから申請人の右行為は前記第八十六条第十一号第十二号の懲戒事由に該当しないというべきである。従つて本件解雇理由(三)についてはその該当事実につき疏明がないことに帰する。

第三、解雇理由(四)について。(昭和三十年十一月十二日稲井人事課長に対する暴行事件)

被申請人主張の右稲井課長に対する暴行なるものの内容は明瞭を欠くけれども、当日稲井課長が組合員多数に取巻かれ、押しまくられたこと自体について申請人に責任があり、且つ申請人が右もみ合いの際に同課長の足を蹴つたほか、包囲が解けてから後も腕を引張るなどしたことの全部が暴行行為であるというものの如くである。しかしながら証人大須賀喬の証言により成立の認められる疏乙第二十八号証の一乃至四と証人稲井茂昌(一、二回共、但し後記措信しない部分を除く)、同大須賀喬、同永田幸次、同土山培の各証言を綜合すると、右事件の実相は次の如くであつたと認められる。

当日組合は期末一時金闘争の一環として昼の休憩時間に事務所前広場において有機第三課、無機課等の組合員を動員してピケッティングの練習を行うことにし、執行委員永田幸次がその指揮に当ることになり、十二時三十分頃右広場に約三百名の組合員が集つたので永田は一応ピケッティングについて話をした後組合員等を二隊にわけて一隊を事務所前に横隊に並べ、一隊をやや間をおいてこれに直角に縦隊に並ばせ、後者をピケ破りに想定して前者に突入させる形式でピケッティングの練習を行つたが、その際執行委員である土山培及び申請人はやや横に離れてこの練習を見守つていた。ところが永田が第一回のピケ練習が終つたので組合員等を元の位置に返してから若干講評を述べている中、ふと横の方を見ると守衛詰所と会社事務所の間の金網塀の外側から守衛の福山国雄(その時は何者とはわからなかつたが)が広場の模様を写真にとつているのを発見したので、永田は「こら写真をとるのは誰か」と大声で叫ぶと福山は外の方に逃げ出したが、申請人と代議員の塚本の二名がこれを追つて走り福山を捕えて両側から支える様にして広場の方に連行して戻つて来た。そこで永田は福山に対しその所属、氏名や写真撮影の目的などについて尋ねたが福山は黙つて何も答えずにいるところへ、たまたま福山が連行されて行くのを目撃した会社人事課長稲井茂昌が只事でないと見てその場にかけつけ、永田等に対し君達は何をするのか、どういう事情か知らぬがどうしてそんなことをするのかという風なことをいつてなじつた。それで永田は稲井課長が福山をかばつて連れ去つてしまうのではないかと思い、突嗟に前記ピケ練習に参加していた組合員等に向い「かこめ!」と号令をかけたところ、組合員等は一齊に喚声をあげて永田や稲井、福山、土山、申請人等の周囲に密集して来たが、多人数が一度に押しかけたためその圧力で中心部は甚だしい押し合い、へし合いの状態となり、稲井課長等は身動きもできない程もまれ出したので、稲井課長は突然の事に驚いたが押されて倒れでもすると大変なことになると思い、目の前にいた申請人の胸もとをしつかりつかんで倒れない様に努力していると、組合員等は群集心理にかられてか、「ワッショイワッショイ」と喚声を上げて益々押し合いもみ合い「組合事務所につれて行け」との声もかかりその方向に円陣は段々押され出して行つたが、その途中稲井課長の左足下方に誰かの足が当つて蹴られた様な感じがした。この様にして約五分間位押し合い、もみ合いが続いたが、この頃ピケ指揮者の永田は漸くこの混乱の渇中から外部へ逃れ出て事態を外から眺め、「やめ!」と号令をかけたので、組合員等はやつと包囲を解いて散開した。

ところが包囲が解けてからも申請人、稲井課長共相当興奮していたことから、申請人は尚も稲井課長から離れず「組合事務所まで来なさい」と要求するので、同課長が「なぜ私が組合事務所に行かねばならんのか」と応酬して論争となり、申請人が稲井課長の腕を引張つたのを稲井が「何をするのか」といつて払いのけた拍子に申請人のワイシャツが破れた。すると申請人は「シャツを破つたですな、弁償しなさい」というので稲井課長は「君の方が悪いんだから正当防衛だ、しかし君が謝るなら弁償してもよい」といい残し、疲れていたのでそのまま会社事務所へ引揚げて行つた。一方騒ぎの原因となつた守衛の福山はそれから組合事務所に連行され野口組合委員長が事情を調べた上写真フイルムを福山に提出させて事のけりがついたものである。

以上の事実が認められ、証人稲井茂昌の証言の中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る疏明はない。してみると、被申請人は申請人が右押し合い騒ぎ自体にも関係しその上に稲井課長の足を蹴つたと主張するけれども、前者の事実については前記永田が騒ぎの責任者と認むべく申請人に特段に責むべき点を発見できないし、後者の事実については押し合い騒ぎの渇中に何人かの足が稲井課長の足にもみ合う拍子に当つたものか、或は申請人自身の足がたまたまぶつかつたものとは見られても、これを申請人が故意に蹴つたものと確認するに足る疏明がない。次に包囲が解けてから後、申請人が稲井課長に組合事務所まで来いと要求し、その腕を引張つたこと自体も、前記の如き騒ぎの後のことでもあり興奮の余りの行為であつたと認むべく、そのこと自体を以て「暴行脅迫」というには当らないことは前述一の事例の場合と同様であり、この程度の事実を以て「著しく工場の風紀、秩序を紊したもの」というにも足りないと認められるので、本件(四)の懲戒解雇事由についてはその該当事実につき疏明がないことに帰する。

第四、解雇理由(五)について。(昭和三十一年五月十七日ニュースカー事件)

会社が従来組合に対しニュースカーの工場構内使用を禁止する旨通告していたこと、右同日昼の休憩時間中申請人が該ニュースカーに乗車して工場構内を通行、放送したこと、その際大牟田地区労働組合評議会事務局次長中山孝顕がこれに同乗していたことは当事者間に争がなく、証人高橋聰の証言によれば、会社は外部からの工場来訪者の取扱につき、会社事務所関係の来訪者は警備係守衛をして受付けさせ所定手続を経て入門を許可し、又組合事務所が北門を入つてすぐの所にあるので組合関係の来訪者は北門守衛所で守衛に受付けさせ、組合事務所までという条件で入門を許可しているが、外来者がそれ以外の工場構内各現場に立入る場合には機密保持及び安全の面から、技術室を経由して所長の許可を得たときに限りこれを許可することとし、その方針を実施していたものであるが、右同日前記中山は工場北門守衛所で組合事務所まで所用のため赴くという条件で入門許可を受けているのみで、それ以上工場内部に立入ることについては何等右の特別の許可を得る手続はとつていないこと及び会社人事課長代理である右高橋が該ニュースカーが構内を一巡して会社事務所前広場に停車しているのに近づいて見ると申請人と右中山が車内に向合つて座つていたのを現認したことが疏明せられ、右事実によれば申請人は右中山の乗車を容認しながら工場内を巡回したものと一応推定され、且つ会社の前記外来者構内立入制限方策は従業員にとつても当然の周知事項であつたと考えられるので、申請人は右ニュースカーの構内使用禁止及び外来者の構内立入制限の二点において会社の方策に反する行為を行つたものというべきである。そこで右行為が会社主張の如き懲戒事由に該当するか否かにつき検討するに、成立の争のない疏乙第十四、第十五、第十七、及び第三十二号証に証人高橋聰、同野口正已、同塚川信雄の各証言を綜合すると、

会社が右ニュースカーの工場構内使用を禁止した理由は、工場構内の道路状況があまりよくない上に専用鉄道の線路が相当交錯しており、業務用自動車類の運行も頻繁なため、業務に関係のない車輛の運行は交通上危険があるので一切許可しない方針であり、組合ニュースカーもその例に洩れないということと、高音で放送しながら構内を廻られると工業所内は連続作業の多い関係上二交代、三交代制で操業している工場が多く、普通の休憩時間中であつても相当数の人員が作業を継続している状態であるので、これらの作業に対し妨害となるからということにあつたが、これに対し組合側では、休憩時間中は工業所属の自動車類は運行を停止するし、主要道路だけを通行すれば別に交通上の危険はない、又休憩時間中多少作業を続けている現場があつても、専用鉄道機関車の汽笛の如く他にも相当騒音を発するものがあることと対比すれば、ニュースカーの音響によつて作業に支障を来たすということはない筈であるとの見解をとり会社側と意見が対立したまま昭和三十年暮頃ニュースカー購入以来主として闘争時等に、工場構内が広大で各支部間の距離も相当あるので必要に応じて右ニュースカーを工場構内に運行させ、支部間の連絡、組合員の動員、情報宣伝活動等に利用し、本件当時までに会社側の現認した事例でも七、八回に及んでいたものであるが、同車の運営、管理は組合書記長が担当し、これを運行する場合は執行委員会又は書記長の指名により執行委員一名が乗車担当員となつていたものであり、本件当日のニュースカー運行についても、その頃組合の期末一時金要求の闘争に関し当日昼休みに抗議デモ及び決起大会が行われることになり、これに組合員を動員するためニュースカーで呼びかけを行うことが執行委員会で決定され、申請人がこれを担当することに決められたので、申請人は右決定に従い当日ニュースカーに乗車して右呼びかけを行い工場内を一巡したものであることが疏明せられ、

申請人の右ニュースカー運行は組合の意思決定に基き該決定通りの組合活動を行つたもので、他の何れの執行委員にも同様の行為のあることであるし、かつ同車の工場構内使用は休憩時間中会社構内の主要道路を選んでなされたもので会社の操業に最少限度の影響を与えるに止めることが顧慮されていることにかんがみ、会社の管理権も組合の団結権に基く組合活動との関係で調和的に制限せられるべきであり会社は組合活動の便宜をも考慮しある程度の譲歩は行うべきであつたと考えられるので、これらの事情を考慮すれば申請人の右行為を以て特に「著しく工場の風紀、秩序を紊したもの」とするのは相当でなく、右ニュースカーを運行したこと自体は被申請人主張の就業規則第八十六条第十二号の懲戒事由には該当するものでないというべきである。

しかし次に前記中山をこれに同乗させていたことについては、申請人はそのことを予知せずしてニュースカーを運行したものであると主張するけれども、該ニュースカーの構造、座席位置等からしても当然中山の同乗していることは容易に認知できたものと推定されるところ、これを覆えすに足りる疏明はなく、証人中山孝顕の証言によれば、同人は当日組合に決起大会があると聞き大牟田地評よりこれに激励のメッセージを送るため組合事務所に来所していたものであるが、既に組合には同様の用務で数回来たことがあり、その際組合大会は会社事務所前広場で行われるのが通例であつて、組合事務所からニュースカーが出る場合はこれに便乗して右広場に赴いたことが数回あつたところ、本件当日も組合事務所前にニュースカーが停車しているのを見て今回もこれに便乗して右広場まで行こうと思い同車に乗込んでいたものであること、しかるに同日の決起大会は右広場ではなく組合事務所前で行われることになつていたのを中山は知らず、同車が右広場に来て一且停車した際広場の様子を見ても組合員等の集りが少いのでこのまま車内で待とうと思い降りずにいたところ、車は動き出して放送を行いつつ工場構内主要道路を一巡して行つたという事情が疏明されるが、

申請人は執行委員でもあり決起大会が組合事務所前で行われるのであればそれを熟知している筈であるから、中山の乗車していることに気づけば当然不審を抱きその誤解を正して下車を求め、或は車を引返さす等の措置をとるべきであつたに拘らず、漫然そのままニュースカーの運行を続けたことは明かに会社の前記外来者の構内立入制限方策に反する行為を行つたものというべきであつて、会社の右方策が工場の秩序維持上軽からぬ意義を有することは事の性質上自明であるから、これを侵犯した右申請人の行為は一応「工場の秩序を紊したもの」というべきである。しかしながら会社が本件に問擬する就業規則第八十六条第十二号は「著しく工場の風紀、秩序を紊した者」とあつて特に著しい秩序紊乱行為で情状の重いものを以て懲戒事由としているところ、本件の如く闘争中の組合に対し友誼団体よりのメッセージを送るために来訪した者を、ニュースカーに便乗せしめて構内主要道路を一巡したというだけで、手続上の違反はあるが実質的な侵害はなく、しかも中山の誤解によつて偶発したもので申請人自ら同人の乗車を慫憑したものでない事案においては、これを以て右条項にいう「著しく工場の秩序を紊した」ものとすることはいまだ相当でないと認むべきである。よつて本件申請人の行為はこの点においても被申請人主張の就業規則第八十六条第十二号の懲戒事由に該当するものではない。次に被申請人は右申請人の行為に対する適用条項として更に同条第二十号「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為のあつた者」をあげるのであるが、右の条項はその前各号の懲戒事由の何れにも直接該当しない類型の行為に対し、前各号の規定の何れかを類推乃至は拡張して適用するための補充規定であると解せられるところ、本件申請人の行為は前述の如く一応工場の秩序を紊す行為ではあるがその程度は未だ「著しく秩序を紊すもの」ではないのであるから、これを以て更に懲戒解雇に値する不都合な行為ということはできないのは当然であつて、右申請人の行為が前記第八十六条第二十号の懲戒事由に該当するとなす被申請人の主張はその理由がない。よつて本件解雇理由(五)についても結局その該当事実については疏明がないことに帰する。

第五、以上の次第であるから結局被申請人主張の本件解雇理由(一)乃至(五)の事実の中、その(三)乃至(五)の事実については申請人に就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実があることは認められないが、その(一)及び(二)の事実については一部適用条項に排斥すべきものがあるにせよ、(一)については同規則第八十六条第十号後段の、(二)については同条第十四号の各懲戒解雇事由に該当する事実があるものと認められる。

しからばその限りにおいて被申請人は申請人を懲戒解雇に付すべき根拠を有するものというべきである。

ところで申請人は、仮に懲戒解雇事由に該当する事実があるとしても

(一)  本件解雇は懲戒解雇権の濫用であると主張するのでこの点につき考察するに、

就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当する行為があつた場合、当該行為者を懲戒解雇にするかどうかは会社の自由裁量に属する事柄であつて、会社は自己に与えられた裁量権に基き諸般の事情を総合して決定し得るものといわねばならない。只、その判断が著しく客観的妥当性を欠き軽微の事犯を捉えて為された場合はじめて懲戒解雇権の濫用というべきところ申請人の前記認定の(一)及び(二)の所為は会社の重要工場たるW工場の作業停止並びに之に基くO工業電解槽の一部損傷を招来したものでありその違法行為は重大であつて軽微であるとは到底いうことはできず、懲戒解雇が当該労務者を企業より放逐してその者に物心両面に亘り重大な不利益を与える処分とはいえ申請人に対する本件懲戒解雇を以て未だ懲戒解雇権の濫用とはいえない。

尚申請人は叙上(一)(二)の事由は全く組合の意思決定に基く組合活動として為されたもので、申請人個人には責任なく、仮にあつたとしてもかかる行為に対し個人責任を追及することは懲戒解雇権の濫用である趣旨の主張をするが、組合の決定に基く組合活動といつてもそれが違法な争議行為であるときは組合自身の責任(例えば損害賠償責任)を生ずることのあるは勿論、当該違法行為者自身においても個人責任を負うべきものといわねばならない。けだし組合の決定に基き組合のためにする行為であるからといつてこの行為に基く結果の責任をすべて組合に転嫁することを認めるにおいては、行為が行為者の判断、意欲、決意に基く価値行為たる本質をないがしろにし近代法の基本観念に背馳するそしりを免がれないばかりでなく、組合の名のもとに違法行為を敢てする組合員の違法行為を阻止し得ない事態を招来するからである。組合のためにする行為又は組合の決定に基く行為はその違法なるものといえども尚組合活動というべきであるが、違法組合活動をなした者はその行為によつて生ずることのある組合の責任とは別個に違法行為者としての個人責任を免がれえないものであり、只、末端の組合員はその違法行為責任の程度の評価において差異を生じ或は期待可能性の有無の問題を生ずるにすぎないものと解する。ところで申請人は本件組合の執行委員にして組織部副部長の地位にあつて組合内部において争議対策を掌る職責を有していたものであり、(一)(二)の違法行為をなした賃上げ闘争に際しては常任闘争委員となり本件W工場のピケを企画し卒先指導した者であることは前に認定したとおりであるから、同人に対する本件懲戒解雇を目して懲戒解雇権の濫用ということはできない。

(二)  次に申請人は本件懲戒解雇は不当労働行為に該当し無効であると主張する。

成立に争ない疏甲第三号証によると、申請人は昭和二十九年組合代議員となり、昭和二十九年三月より昭和三十年三月まで青年婦人部代表委員会議長、同年三月より同年八月まで青年婦人部部長、同年四月選挙対策委員、同年三月春期賃上闘争同年夏期期末手当闘争に際しては臨時専従執行委員同年九月より現在に至るまで執行委員の地位にありまたはあつた者で右組合経歴に徴すると申請人は組合活動に熱心であつたことが一応推認されるが、被申請人が申請人を懲戒解雇に附したことが申請人において右組合経歴が示すように熱心に組合活動をなしたことに因るものであることについては何らの疏明がなく、却つて証人宇多脩吉、同稲井茂昌(一、二回)の各証言によれば本件解雇は前記(一)(二)の違法争議行為に対する責任を問うたものであることを認めることができるから、この点に関する申請人の主張も理由がない。

してみると、申請人の本件仮処分申請はその被保全権利を欠き理由がないからこれを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 龜川清 高石博良 和田保)

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